#01 前進・停滞が入り混じる行政の空き家対策
空家等対策の推進に関する特別措置法(以下、空家特措法)が成立した2015年に拙著「解決!空き家問題」(ちくま新書)を上梓してから丸4年が経った。この間、空き家とその活用を巡っては様々な動き、変化があった。5年目に突入するこのタイミングで、一度、総括しておきたい。具体的には「①行政の変化」「②活用の変化」「③プレイヤーの拡大」が大きなポイントになるが、ここでは①についてまとめ、続いて②③について事例を挙げて解説したい。
大きく動いた所有者不明土地問題
行政の変化のうち、意外だったのが所有者不明土地に関して国が動いたという点である。拙著では「空き家問題の底にはまだ多くの人が知らない、空き家を増やす問題が潜んでいる」として所有者不明土地問題を挙げた。取材でお目にかかった東京財団の吉原祥子研究員は見直しの機運を高めるのは容易ではないとあきらめ顔であったが、政治が介入したことで一気に変わった。
2019年5月には一定の条件下で所有者不明の土地を売却できるようにする「表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律」が成立。条件に当てはまる土地は全国で1%程度と解決のゴールにはほど遠いものの、少なくとも前進である。
今後は所有者不明土地の発生の防止、すでにある所有者不明土地の管理、活用などを検討することに。法相の諮問機関である法制審議会が2019年12月にまとめた中間試案の原案には手続きを簡素化する一方で相続登記の申請を義務化、一定期間内に登記しなければ罰則を設けること、これまで認められてこなかった土地所有権放棄を「所有を巡り争いが起こっておらず、管理も容易にできる」ことを条件に個人に限って認めること、遺産分割を協議できる期限を「10年」と定めることなどが盛り込まれている。
私が期待するのはこうした所有者不明土地に関する各種改正が、いずれ所有者不明も含め、空き家に広がることである。たとえば所有者不明土地における相続登記の簡素化では一部の相続人による簡易的な登記が想定されているが、これが空き家にも広がるとしたらどうだろう。動かしやすくなるはずだ。
また、一部の所有者だけで土地を動かせるようにするために代金を供託、契約行為が予定されていることを公告するなどの案も検討されているとも聞いた。これらの方法はすでに現行法にある。だが、やり方があるにも関わらず、財産権を侵害するその他の理由からこれまでは有識者を中心に「使えないもの」とされてきた。だが、それが増加する所有者不明土地に対する危機感で突破でき、財産権そのものの意識が変われば空き家も動きやすくなるのではないかと思うのだ。
土地の細分化という根本的な問題には触れないままではあるが、それでも従来からすると大きな変化に繋がる可能性はある。根強い反論も出そうな問題だけに短期に結論が出るとは思えないが、日本の不動産所有を大きく見直す契機になるかもしれない。ちなみに今後の予定としては2020年1月から意見を公募、同年9月までに要綱案をまとめ2020年秋に想定される臨時国会に民法、不動産登記法改正案の提出をめざすそうである。
空き家利活用時の資金調達が容易に
空き家活用を後押しする変化が2017年に創設された「小規模不動産特定共同事業に係る特例」である。これは非常に簡単にいうと、資金不足で動かせなかった空き家その他の遊休不動産をこれまでより容易に事業化するための仕組み。投資家から出資を募って不動産を取得、リノベーション等を行って賃貸、売却等を行い、その不動産運用から得られる収益を投資家に分配する行為を「不動産特定共同事業」というが、これまでは大手の事業者以外の許可取得が難しかった。その参入障壁を緩和し、登録事業としたことで地域の中小不動産業者など多くの事業者がこの事業を行えるようになったのである。
すでに2018年7月16日にはこの仕組みを利用した第一号案件として神奈川県の葉山町の中心部にある古い蔵を利用した宿泊施設がオープン。国土交通省は2017年から2022年に新たな参入が800社、空き家・空き店舗等の再生への投資が約500億円という数値を目標として掲げている。だが、2019年8月末現在での登録は9社で、今の時点では残念ながらまだまだである。
行政代執行増も費用は回収できず。空家特措法の問題点
鳴り物入りで登場した空家特措法だが、登場以来行政代執行、略式代執行は確実に増加しており、2019年3月末で合計165件(代執行41、略式124)に及んでいる。特定空家の除去に関しては成果を上げているわけだが、問題はその費用がほとんど回収できていないことである。今後、特定空家が急増した場合、特にマンションの解体が必要となってきた場合には行政の負担は大きなものとなる。
実際、2020年1月25日に着工が予定されている特定空家マンションの解体工事がある。滋賀県野洲市にある美和コーポで、この物件の登場で2015年時点では空き家≒一戸建てというイメージは大きく変化した。当然だが、マンションも空き家になる。その時の影響は一戸建てよりも多大で、解体費用も多額に上るのだ。
野洲市の場合、解体工事契約額は9460万円(消費税込、以下同)、解体工事管理業務は214万5000円となっており、それ以外に解体時に隣地を借りる費用も200万円以上(以上、野洲市長の定例会見より)。1億円近い費用が投入されるわけだが、これまでの経緯を考えるとこの費用が回収されることはほぼあるまい。回収されないこと自体も問題ながら、空き家を放置しておいても最後は行政がなんとかしてくれるという考えが広まる懸念はそれ以上に大きい。今後、空き家化するマンションを考える際に難しい事例を作ってしまったことにならなければ良いのだが……。
空家特措法下では空き家に関する法定協議会設立、空家等対策計画作成も進んでいるが、率直なところ、今の段階では作ってみましたレベルという感は拭えない。船頭多くしてなんとやらではないが、空き家問題では専門家が登場する幕まで持っていくのに時間がかかるが、それまでをだれが繋ぐか、また、誰がイニシアチブを握るかなど、団体によって多種の問題があるように聞く。あるジャンルの専門家だけで太刀打ちできないのは確かだが、だからと言って関連する専門家を網羅すれば済むわけではないのである。
残念な民泊、ひとり勝ちの簡易宿所
空き家活用の可能性として2015年時点で不透明だった民泊については、地域にもよるが、残念なことになった。2015年に国家戦略特別区域法に基づき、大阪府、東京都大田区で特区民泊が可能になり、2016年に旅館業法の施行令等の改正が行われたところまでは緩和に向かうように見えていたが、2018年6月から施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)は上乗せ条例が多数出たこともあり、民泊ブームに冷や水を浴びせることに。
特にマンションでは、回答数が少ないことからそのままには受け止められないものの、管理組合の9割以上が禁止としているという公益財団法人マンション管理センターの調査結果も出ている。個人的には建替えの可能性がほぼないマンションの場合には民泊利用で稼ぐマンションになることが将来に備える対策として有効と考えるが、なかなか、そこまでは踏み切れないわけだ。だが、リゾートマンションの一部には民泊を可能にする管理組合も出てきており、この辺りの動向がマンションの空き家化に影響しそうである。
ところで、同じ宿泊利用でも簡易宿所は伸びてきた。2018年までの10年間で40.8%増加しており、ホテルの8.7%、旅館のマイナス24%から考えるとひとり勝ち状態。空き家利用も多く、宿泊用途で使うなら簡易宿所という考え方は定着したように思われる。
だが、急激に増えすぎたためか、京都市では2018年6月から規制強化が始まっており、猶予期間を経て2020年3月からは市内で全面適用される。他地域でも宿泊施設の過剰感が取り沙汰される例もあり、地域によっては活用が難しくなっていくこともあり得るかもしれない。
全国版空き家バンクの成果は?
空き家バンクにも変化があった。全自治体の約3分の2(1193自治体)が設置済みの空き家バンクだが、2017年10月から全国版空き家・空地バンクが公募によって選定された株式会社LIFUL、アットホーム株式会社によって試行運用が始まり、2018年3月から本格運用がスタートしたのである。2019年8月末時点では660自治体が参加、順次物件情報が掲載されている。
国土交通省土地・建設産業局不動産業課の資料によれば2019年8月末時点で約2900件の物件が成約済とのこと。さらに2019年1月からは公的不動産の空き家情報も掲載されるようになっており、この4年間で情報は広く公開されるようになった。実際の情報を見ると、人気の農地付き空き家について農地の情報がほとんどないなど、まだまだ不足も目に付くが、それでも大きな進展であることは確かだ。
建築確認手続き不要で戸建が活用しやすく
最後に2019年6月25日から全面施行された改正建築基準法について。空き家活用においてもっとも影響が大きいのは戸建住宅等を他用途に転用する場合の規制の緩和だろう。200㎡以下の建築物の他用途への転用で建築確認手続きが不要になったほか、耐火建築物等としなければならない3階建の商業施設、宿泊施設、福祉施設等でも200㎡未満の場合には必要な措置を講じることで耐火建築物等としなくても良いことになった。これまで以上に大きな建物の再生が図りやすくなったわけである。
以上、空き家とその活用に関するこの4年間の行政サイドの変化について直接空き家に関係しそうなものだけをざっくりとまとめた。細かいことを言い出せばまだまだあろうが、短期間に様々な変化があったことはお分かりいただけよう。活用しやすくなった点あり、微妙な点ありのまだら模様ではあるが、問題点が以前よりクリアになってきたことは確かではなかろうか。
中川寛子(なかがわ・ひろこ)
住まいと街の解説者。(株)東京情報堂代表取締役。30年以上不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービスその他街をテーマにした取材、原稿が多い。主な著書に「解決!空き家問題」(ちくま新書)、「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)など。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。All About「住みやすい街選び(首都圏)」ガイド。
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