#02 え、家は足りていない?
空き家が増えている。
と聞くと、家は足りていると思われるかもしれないが、不思議なことに家は足りてはいない。
その証拠に公営住宅の応募倍率は全国平均で6.6倍となっており、東京都(23.6倍)、大阪府(11.6倍)など大都市部では特に高い(※国土交通省「住宅セーフティネットに関する現状と論点」平成25年度データ)。東京都ではここ10年ほどで急激に倍率が上がっており、30倍を超す年もあったほど。高齢者世帯、障がい者世帯、ひとり親世帯など所得が低く、一般の民間賃貸住宅ではやっていけないと感じている、住宅に困っている世帯が増えているのだ。
しかも、公営住宅のストックは全国に200万戸超あるものの(※総務省「住宅・土地統計調査」)、公営住宅の年間募集戸数は10万戸ほど。また、ストックの過半以上は築30年以上と改修が必要な建物も多く、ニーズを満たせる状況にはない。
その一方で空き家が増えていることから、国土交通省は平成24年度から空き家などの改修工事に対して補助を行い、住宅確保要配慮者支援を行っている。しかし、高齢者単身・夫婦世帯の増加、世帯年収の減少などの状況を考えると、事業開始から5年、登録総戸数2万戸強で、さて、足りるものか。
こうした背景からか、空き家関連の勉強会、セミナーなどに参加すると、自治体職員、議員などからよく、空き家の福祉転用についての相談を受ける。特に多いのは高齢者、障がい者向けの転用で、具体的には空き家の多い公営住宅をサービス付き高齢者向き住宅に転用できないか、街中で見かける空き家をグループホームにできないか……。
私自身は実務に携わっていないため、正確な回答はできないのだが、サービス付き高齢者向き住宅については基本1棟単位での設置を原則としているため、1戸単位での転用には各種ハードルがあることが想定されるし、一戸建てのグループホーム化も自治体によってルールが異なり、大規模な建物改装が必要になる場合も。空き家はあっても、法令その他の障壁のため、使えないケースが少なくないのだ。
でも、だから、より情報が求められている。この家がダメでも、あの家なら、この建物なら可能かもしれないと、福祉関係の人たちは使える空き家を探しているのである。
福祉転用以外では、街の活性化、高齢者や子育て関連施設などが欲しいという地元のニーズに応えるために空き家を活用したいという話をよく聞くが、こちらの場合にも空き家はあるものの、貸してもらえそうな適当な物件が見つからないという嘆きがセットになっていることが大半。都心部では隠れ家レストランを企画、一戸建ての空き家を探しているという話もよく聞くが、現状では空き家情報がないため、これまた探しようがない。
最近では移住先として人気のある街の空き家バンクですら、物件不足に陥っている。たとえば、空き家バンクの成功例としてしばしば挙げられる広島県尾道市のNPO法人尾道空き家再生プロジェクトの場合、平成27年10月の時点で登録している移住希望者は800人余。それに対し、登録物件数は120余軒で、そのうち、現状空いているのは10軒ほど。借りたい人はたくさんいるのに、物件が全然足りないのだ。
しかも、頭が痛いのは実際に該当エリアを歩いてみると、そこには多数の空き家と思われる住宅が点在しているということ。すでに使えない状態になっている物件もあるものの、そこに物件があり、使いたい人がいるのにその間がつなげられない。尾道では移住希望者が空き家所有者に直接貸して欲しいと交渉したり、NPOが大家さんに問い合わせするなど、空き家の掘り起しにも取り組んでいるが、物件数はなかなか伸びていない。
だが、空き家バンクに物件が集まっていれば、その街には人が入ってくる。石川県小松市は3年前に空き家バンクを開設(「小松市内空き家・空き室バンク・こまつ町家情報バンク」)。これまでに175件の情報を掲載しており、その8割にあたる141件で売買や賃貸の契約が成立している。人気の尾道でさえ、120余軒と考えると、これだけ情報が集まっていれば他の市町村と比べ、有利であることは間違いない。小松市は空き家があるマイナスを適切に発信することでプラスに転じさせたわけだ。
つまり、空き家は問題だと言われながら、実は求められている。空き家になること自体は個人、家族の事情もあり、どうしようもないが、情報を出しさえすれば、誰かが使ってくれる可能性があり、それが地域に貢献するかもしれないのだ。
実際、この数年、カフェの街として人を集めるようになった清澄白河は空き家があったから、ロースターやカフェが進出することができ、変わることができた。近年話題を集める松陰神社前も、古くは谷根千も空き家があったからこそ、人気の街になった。空き家は街を変える起爆剤になりうるのである。
逆に情報を出さずに空き家を抱え込むことは個人にとって得られたかもしれない収益を失うだけでなく、街にとっても害をなす。空き家を放置すると、その地域から先に人が行かなくなり、街が壊死していくからだ。
好例が私の住んでいる街の商店街だ。入ってすぐの場所には、「ちょっと休業します」と称したままもう20年近くもシャッターを下ろした店があり、その先には3軒ほど続く空き店舗。長年誰も手を入れていないため、店は徐々に廃墟化しており、初めて訪れた人はそれを見て引き返す。空き家群はその先にある店に人が行かないよう、邪魔をしているのである。
そう考えると、空き家はなることが問題なのではなく、放置し、情報を抱え込むことが問題であることが分かる。思い切って、ここに空き家がある、誰か、何かに使いませんかと声を上げれば、事態は動くかもしれない。やってみることである。
中川寛子(なかがわ・ひろこ)
住まいと街の解説者。(株)東京情報堂代表取締役。30年以上不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービスその他街をテーマにした取材、原稿が多い。主な著書に「解決!空き家問題」(ちくま新書)、「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)など。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。All About「住みやすい街選び(首都圏)」ガイド。
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