あなたと私の空き家問題

中川寛子(住まいと街の解説者)

2016.10.24

#03 空き家活用で生活の質を上げる

空き家活用にはさまざまなハードルがある。特に問題になるのは建物そのものの瑕疵、傷みに加え、もうひとつ、法令上の適法性である。特に収益を上げるために建物の用途を変えようとすると、法令上の制約が壁となり、個人の力だけでは行き詰ってしまうこともしばしばだ。

だが、空き家をそのまま住居として使うのであれば法令上の制約は大きな支障にはならない。現状そのままで使用するなら、再建築不可物件だとしても問題ないし、建物の建ぺい率がオーバーしていても行政に文句を言われることはない。住む側の人にとっても、長く空き家だったからという理由で住宅をとても安く借りたり、手に入れることができれば、人生で住宅にかける費用を抑えることができ、その分を生活の質に充てられるようになる。

その観点で考えると、家が余っている、タダでもいいから処分したい人がいる今は、やりようによっては楽しい時代である。例えば、2014年に出版された「0円で空き家をもらって東京脱出」(つるけんたろう著/朝日新聞出版)は広島県尾道市のJR山陽本線・尾道駅近く、坂の上にある築80年の洋館を“タダでもらって”移住した実話だが、年収は東京に暮らしていたときとさほど変わらず200万円ほどながら、生活の充実ぶりは読んでいてうらやましいほど。登記その他の手続きで20数万円かかり、かつ現在も手を入れながらの居住で、それなりの出費、手間はあるはずだが、東京で新築住宅を買う重さに比べればなんのそのである。

もちろん、自分が住みたい場所に状態の良い住宅がタダで出現するといった都合の良い話はそうそう期待できないが、地域によっては、また、地域の人々との関係が築かれていれば、不動産会社を介さず、安価に家を手に入れるのは不可能ではない。

高知県で建築士事務所を営む、中宏文建築設計事務所の中宏文氏によると、「不動産会社を通して買うと300〜400万円する家が、直接取引なら100万円以下になることも。住みたい場所にしばらく住んで地域の人間関係を築いておけば、タダ同然で手に入ることもあります」。

となると、問題は建物の状態だが、これとてもいくつか、ポイントを押さえておけばなんとかなる。第一の関門は当初の住宅の状態。前出のつる氏はNPO法人尾道空き家再生プロジェクトの大工さんに同行してもらい、躯体などに深刻な問題がないかどうかを確認してもらっている。プロでも中古住宅の状態を見るのは難しいといわれるが、それでも素人判断よりははるかにまし。最初の段階で建物としての状態、価値が判断できていれば、その後の改修が無駄にならない。

その次の問題は大きく2つ。古い住宅にはさまざまな問題があるが、居住に関して障壁となるのは耐震性、断熱性である。いずれも生死に関わるので、いくら安く住めるからといっても、そこをなおざりにするのは本末転倒。できる手は尽くすべきだ。といっても、そのいずれにも今は自分でやる手がある。

まず、耐震改修だが、前出の高知県の中氏は2015年から「いえづくり教習所」なる家づくりの基礎が学べる講座を開いている。高知県では耐震診断、耐震設計に助成が出るため、自己負担10万円で構造計算書、設計図が手に入る。耐震補強はその設計図に書かれた通りに施工することになっており、やり方が分かっていれば細かく指示されている分、誰にでもできると中氏。

「何ミリサイズのビスを何センチピッチで打つかまで決められているので、設計書が読め、施工の基礎が分かっていれば素人でも作業は可能。いえづくり教習所ではそれも含め、自分で小屋がつくれる程度までに修行をします」。

高知県の場合、耐震改修に力を入れているため、自宅が改修できたら、いずれはそれを仕事にすることも可能。自分で住宅をいじれるようになると、人生すら変えられるのだ。

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高知県で建築設計事務所を営む中宏文が開催している「いえづくり教習所」の様子。プロ・素人を問わず、誰でも家づくりを学ぶことができる。(写真提供:中宏文建築設計事務所)

続いては断熱性能アップだが、これもいくつか、教えてくれる場がある。たとえば、WEBマガジン『greenz.jp』では夏、冬にそれぞれ「エコハウスDIYクラス」なる、断熱について知り、自宅を改修できるような技術を教えてくれる講座を開いている。本格的に断熱材を入れるだけではなく、床に空気を遮断するシートを張ったり、プラスチックダンボールで窓を二重にするなど意外に簡単に家の温熱環境を変えられるノウハウもあり、空き家改修以前に今現在の我が家にも応用できるお役立ち講座だ。

個人的にお勧めなのは“塗る断熱材”「GAINA(ガイナ)」の利用。これは国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、スペースシャトルが大気圏突入時に発生する高熱に抗するために開発した塗料を民生用に転用したもので、建物外壁、屋根、室内ともに塗布できる。一般のDIYに最近よく使われている海外製の塗りやすい塗料に比べるとやや難しいところもあるようだが、プロ並みのきれいな仕上げを求めなければ問題はない。塗るだけで断熱、遮熱、防音、結露防止と様々な効果が期待できる。

このように改修の手立てを教えてもらう場が増えているのに加え、材料も使いやすくなっている。例えば、かつて壁紙は90センチ幅が主流で、ひとりでは貼りにくかったが、このところに来て50センチ幅と扱いやすく、貼った後に剥がせる商品が登場。自宅にアクセントクロスを貼る人も増えている。ペンキも臭わず、垂れない品が目につくように。ネット上で古材や建具などが簡単に手に入るようにもなっており、その気があれば、そしてベースとなる家があれば、住まいは好きなようにできる時代なのだ。

最後にひとつ、その際の心構えとして、一度に全部をやる必要はないということを挙げておきたい。今の時代、家はすべて完成した状態で売られているのが普通だ。最初から完成しているわけだが、完成したものはその後、劣化していくしかない。だとしたら、少しずつ完成していくもののほうが面白くはないだろうか。

その昔の日本には新築時ですら、お金があるところまでつくるというやり方があった。現在も大きな家の、自分の使う場所だけを少しずつ改修している例がある。無駄なく、焦ることなく、少しずつ。そういうやり方で手を入れ続けられる家はきっとすごく、愛着の湧く、すてきな場所になるはずだ。

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