空き家がまちを官能的にする

島原万丈(HOME’S総研 所長)

2016.07.31

空き家がまちを官能的にする。こう言うと、えっ?と思われるかもしれない。手入れもされず放置された空き家が街の景観を悪くする、とニュースでも言っているではないか。しかも官能的だなんて、ふざけているのかと。

いや、大真面目な話である。そもそも都市の魅力とは何だというレベルまで立ち戻って考えると、空き家の持つ潜在的な可能性を見出すことができる。今、全国の自治体を悩ませている空き家が、実はまちの魅力を再生するための大きな資源になり得る、という話をしたい。もちろん廃墟マニア的な話ではない。

まずは、都市の魅力とは何か。まちが官能的とはどういうことか、という話から始めないといけないだろう。都市の魅力とは、コンビニや病院が沢山あることや巨大なショッピングモールがあることによる便利さだろうか。また、新しい大きなビルがどんどん建っているということだろうか。あるいは行政の財政力が強いということだろうか。多くの調査機関がこれまで発表してきた都市評価とは、そういうハードウェアやおカネで都市を測ることだった。

それよりも、縁もゆかりもない多くの他者といかに心地よい関係が築けるかとか、食べ物が美味しいことや自然に触れられるなど、五感を悦ばせる身体的な経験などが、実は日々の暮らしを楽しくする上で重要なのではないか。そういう思いで、都市の本当の魅力を測る物差しを提案したのが、HOME’S総研が2015年に発表した『Sensuous City[官能都市]』という研究レポートである。

「Sensuous(センシュアス)=官能的」という言葉にはエロティックなニュアンスもあるが、本来は、感覚の・五感の/五感に訴える・感覚を楽しませる、などを意味する言葉である。

『Sensuous City[官能都市]』では、日常生活における関係性と身体性に関わるアクティビティが豊かに経験できる都市を官能都市と設定し、センシュアス・シティ・ランキングを作成し、さらに多くの調査項目との関連でランキング上位の官能都市に共通する傾向として、都市の本当の魅力を明らかにした。

センシュアス指標

◼︎都市の行動(「都市の動詞」)

共同体に
帰属している
1 お寺や神社にお参りをした
2 地域のボランティアやチャリティに参加した
3 馴染みの飲み屋で店主や常連客と盛り上がった
4 買い物途中で店の人や他の客との会話を楽しんだ
匿名性が
ある
5 カフェやバーで1人で自分だけの時間を楽しんだ
6 平日の昼間から外で酒を飲んだ
7 不倫のデートをした
8 夜の盛り場でハメを外して遊んだ
ロマンスが
ある
9 デートをした
10 ナンパした・された
11 路上でキスした
12 素敵な異性に見とれた
機会が
ある
13 刺激的で面白い人達が集まるイベント、パーティーに参加した
14 ためになるイベントやセミナー・市民講座に参加した
15 コンサート、クラブ、演劇、美術館などのイベントで興奮・感動した
16 友人・知人のネットワークで仕事を紹介された・紹介した
食文化が
豊か
17 庶民的な店でうまい料理や酒を楽しんだ
18 地元でとれる食材を使った料理を食べた
19 地酒、地ビールなど地元で作られる酒を飲んだ
20 ミシュランや食べログの評価の高いレストランで食事した
街を
感じる
21 街の風景をゆっくり眺めた
22 公園や路上で演奏やパフォーマンスをしている人を見た
23 活気ある街の喧騒を心地よく感じた
24 商店街や飲食店から美味しそうな匂いが漂ってきた
自然を
感じる
25 木陰で心地よい風を感じた
26 公園や水辺で緑や水に直接ふれた
27 美しい青空や朝焼け・夕焼けを見た
28 空気が美味しくて深呼吸した
歩ける 29 通りで遊ぶ子供たちの声を聞いた
30 外で思い切り身体を動かして汗をかいた
31 家族と手を繋いで歩いた
32 遠回り、寄り道していつもはあるかない道を歩いた
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そこで見えてきた“官能都市”の大きな特徴を以下に述べてみる。

第1に、住む人の居住満足度・幸福実感度が高い都市である。回答の相関係数を計算した結果、“センシュアス度”が高ければ高いほど、住人の満足度・幸福度が高まることが確認された。

第2の特徴として、都市を構成するエレメントの多様性・雑多性が挙げられる。具体的には、商業・飲食施設でいえば、大手チェーン店もあれば個人経営のお店も元気で、それらが集積した商店街や横丁が残る。住人構成も多様で、外国人やLGBTなど少数派に対する寛容度も高い。

第3に、都市空間的な特徴として混在・雑多というキーワードが挙がる。センシュアス・シティ・ランキング上位の都市群では、用途の混在、古い建物と新しい建物の混在、小さな街区など、ジェイン・ジェイコブズが大名著『アメリカ大都市の死と生』で明らかにした、都市の多様性を生み出す4原則が確認できる。また、働く場所と住む場所と遊ぶ場所が近いというコンパクトさも特筆すべき傾向である。

ざっくりまとめると、雑多な要素が混在している都市は、お店などの消費空間にも住民にも多様性があり、そこでの暮らしは、関係性と身体性において官能的で、住民の幸福度が高くなる、ということである。

「センシュアス・シティ・ランキング」で全国1位となった「東京都文京区」とのチャート。下町情緒残る商店街や寺社仏閣、細い路地が巡る古い街並みなどで人気の高い、谷中や根津、千駄木などを有するエリアだ。

「センシュアス・シティ・ランキング」で全国1位となった「東京都文京区」のチャート。下町情緒残る商店街や寺社仏閣、細い路地が巡る古い街並みなどで人気の高い、谷中や根津、千駄木などを有するエリアだ。

さて、ここで空き家問題に話を戻そう。いまや全国で820万戸(※総務省統計局「平成25年住宅・土地統計調査」)と積み上がった空き家には、ある人にとっては思い出など心理的な執着がある、別の人は相続でもめている、あるいは傷みが酷い。などなど、それぞれ複雑に込み入った固有の事情があるだろう。しかし、すべての空き家に共通するのは、所有者ですらその使いみちが見出せない建物ということである。

例えば、地方都市や郊外の実家が空き家になっているケースでは、相続した所有者がその地域に住む理由がない/住むことができない/住みたくないという地理的な負がある。商店街の空き店舗では、その商店街ではかつてのような商売が成り立たないという、時代の変化に取り残された商業地としての衰退がある。要するに、空き家問題には、その地域におけるストックの用途に対する需要の不足が背景にあり、空き家問題とは極めて地域問題の性格が強いのである。

『IRORI NIHONBASHI HOTEL and KITCHEN』(東京・馬喰横山)1階の共用キッチン&ラウンジでは、地方の食材を扱ったレストランやほら貝ワークショップなど、日本の文化や地方の魅力を伝えるイベントを不定期に開催。この日は毎月恒例の「IZAKAYA Night」が催されていた。

IRORI NIHONBASHI HOSTEL and KITCHEN』(東京・馬喰横山)1階の共用キッチン&ラウンジでは、地方の食材を扱ったレストランやほら貝ワークショップなど、日本の文化や地方の魅力を伝えるイベントを不定期に開催。この日は毎月恒例の「IZAKAYA Night」が催されていた。(撮影:カリアゲJAPAN)

そこでいま注目されているのがリノベーションである。というと、レトロな建物をおしゃれにリノベーションしたら借り手・売り手が見つかる、などと拙速に考えてはいけない。住む場所として魅力がなくなった地域にいくらおしゃれな住宅を作っても、買い手・借り手を見つけることは困難だ。いくらお店をカッコよくしたとしても、昔ながらのアルマイトの鍋やヤカンを売って儲かるはずはない。

空き家の活用において、まず考えなければいけないのは建物のリノベーションではなく、その使い方と利用者、いわゆるコンテンツのリノベーションである。

近年、衰退した商店街が少しずつ活気を取り戻している事例がみられるようになったが、再生を牽引しているのは、物販ではなく飲食店であることが多い。かつてはモノを売っていた空き店舗に、おしゃれなカフェが出来る、若者向けのバルが賑わう、カジュアルなレストラン・バーが繁盛する。同じ物販でも、全国流通しているようなコモディティではなく、作家性の高いクラフトもののアトリエ兼店舗といった形態である。京都では空き家になっていた町家を、シェアハウスや外国人旅行者向けのゲストハウス・民泊という用途で再生するという例が多く見られる。

カフェやバー、家具屋や雑貨屋などが入居する『道草アパートメント』は、大阪・黒門市場近くにある築約60年の木造3階建ての元・共同住宅。“昭和の文化住宅”がアーティスティックなリノベーションで、まったく新しい商業施設に生まれ変わった。

カフェやバー、家具屋や雑貨屋などが入居する『道草アパートメント』は、大阪・黒門市場近くにある築約60年の木造3階建ての元・共同住宅。“昭和の文化住宅”がアーティスティックなリノベーションで、まったく新しい商業施設に生まれ変わった。(写真提供:島原万丈)

このように用途や使用者が変わることで、今まで使い途がないと放置されていた空き家が蘇る。その時、その地域にもたらされるものは、商売の売上、もしくは家賃収入だけではなく、―もちろんそれらは成立条件として重要であるが―、都市を官能的にする多様性や雑多性である。

新築建物に建て替えるのではなくリノベーションを選択するメリットは、古い空き家を活用することで初期投資を抑え低廉な家賃が可能になることである。低廉な家賃は、小さくとも個性豊かなコンテンツが集まる。お金がなくとも新しい感性と情熱を持った若い人の開業の敷居を下げ、小さくとも多様で個性豊かなコンテンツがまちに集まる可能性を開く。古くからの住人と新しく入ってくる住人、多様な価値観とライフスタイルを持つ人たちがそれぞれ共存し、そこで多様なヒト・モノ・コトに出会うことで、まちを元気にする次の新しいアイデアが生まれ、実行されることもある。

このように、リノベーションによって従来とは異なるコンテンツを仕掛けることで、空き家はエリアに多様性を生み出す孵化装置となり得る。多様性は住民に豊かな体験を提供する。生身の身体で直接触れ、知り、匂いを嗅ぎ、味わい、出会い、会話を楽しむ。五感を使って自分なりのまちの魅力を発見することが、都市における官能的経験の核心であり、住民の満足度・幸福度を高めるのである。

空き家はまちを官能的にする資源だ。さあ、空き家に可能な限りの異物を挿入せよ。それまでなかったコンテンツで地域を驚かせろ。ただし法令の許す範囲で(笑)。

島原万丈(しまはら・まんじょう)

1989年株式会社リクルート入社、株式会社リクルートリサーチ出向配属。以降、クライアント企業のマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略のプランニングに携わる。2004年、結婚情報誌「ゼクシィ」シリーズのマーケティング担当を経て、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクストHOME’S総研所長に就任。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市] 』を発表。

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