長嶋修の「空き家大国ニッポンを斬る!」

長嶋修(さくら事務所 会長)

2016.11.16

#03 空き家を「売る」「貸す」「そのまま」どれが得?

「売る」か「貸す」か、それとも…?

今持っている空き家をどう扱うのか。あるいは将来空き家になりそうな物件についてどう考えるか。空き家が生まれる背景には、「思い出があるので手放したくない」などといった感情的な理由も多分にあるのですが、今回は経済合理的な観点、つまり「どうするのが得なのか」という見地から、空き家をどう扱うかの判断について考えてみたいと思います。

判断をする上でまず重要なのが、その空き家が「どこにあるのか」ということ。不動産の価値は何と言っても、1にも2にも3にも「ロケーション」。どんなに立派な建物でも、売買や賃貸のニーズがないところであればその価値はゼロ。いや、固定資産税や維持管理費がかかること、いずれ建物が使えなくなったら解体費が発生することを踏まえれば、むしろマイナスです。

前回のコラムでお話しした通り、日本はこれから本格的な少子化・高齢化、そして人口減少社会が到来し、2040年の日本の住宅価格は2010年時に比べて46%下がるとのシミュレーションも出ています。しかしこれはあくまで平均で、実際には「価値が落ちない・あるいは上がるもの」「緩やかに下がり続けるもの」「無価値・あるいは価値がマイナスになるもの」に大きく3極分化するでしょう。

不動産価格に影響を与えるもののうち、人口動態は最も大きな要素のひとつ。ではここで、首都圏今後の人口動態を見てみましょう。以下のデータは、2035年の夜間人口と生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口層)の増減を、東京都市圏の沿線別に予測したものです(2005年比)。ざっと見ただけでも、沿線によって大きくばらつきがあることがわかるでしょう。

現況(2005年)と将来(2035年)の人口増減率

〔出典:国土交通省「東京都市圏における鉄道沿線の動向と東武伊勢崎線沿線地域の予測・分析〈2005年比〉」〕

〔出典:国土交通省「東京都市圏における鉄道沿線の動向と東武伊勢崎線沿線地域の予測・分析〈2005年比〉」〕

まずダントツで優秀なのは、「田園都市線」。2035年時点の夜間人口は2005年時点に比べ20.7%も増大、高齢化の進行は避けられないものの、生産年齢人口も6.0%増えるという予想が出ています。「京王線」「東横線」「埼玉高速線」などは、生産年齢人口は減少してしまうものの夜間人口はプラスで推移します。一方、芳しくないのは「日比谷線・東武伊勢崎線・日光線」で、夜間人口は23.4%も減少し、生産年齢人口に至っては36.1%減と、すさまじい状況になりそうです。空き家とひと口に言っても、田園都市線にあるのと日比谷線・東武伊勢崎線・日光線にあるのとでは、その境遇に天と地ほどの開きが出そうですね。

こうしたデータから言えることは、将来の人口動態が厳しいエリアにある空き家ほど「売り」ということ。しかも早急に。理由は、「今が最も高く売れる可能性が高い」から。売り時を待っていても、今後価値が上昇する見込みは限りなく少ないでしょう。

さらに、こうしたエリアでは「貸す」ことの意味も限定的になりがちです。時間の経過とともに周囲には競合する空き家が増え、価値は下がる一方のなかで、一定の投資を行いながら賃貸に出し収益を得ることにどのくらいの合理性があるのか。計算すれば、ほとんどのケースで合理性なしと判断できるでしょう。

売らずに「貸す」場合にはまず、受け取れる賃料と管理費などの経費、リフォーム額などを割り出し、収益性がありそうか検討しましょう。賃貸するために投資した額を回収するために数十年も要するようでは、貸し出す意味はないと言えます。

一方で、田園都市線のように人口動態に恵まれているエリアなら、将来にわたっても「売買」「賃貸」ともに一定のニーズが見込めそうです。それでも、自身や親族が将来使う予定がない空き家ならば、原則「売り」でいいでしょう。なぜかというと、空き家を空き家のまま放置しておくと、建物はどんどん痛んでいくためです。

これは主に適切な換気をしないことに起因しますが、人が住まなくなった空き家は、半年も経過するとずいぶんと傷んでしまうものなのです。また、雨漏りや水漏れなどが発生しても発見が遅れます。管理をしようと思っても、非常に手間がかかります。定期的な換気やポスト周りを始めとする清掃など、空き家管理サービスを利用することもできますが、これもお金のかかること。放火や不法侵入といった犯罪の温床になる恐れもあります。

現況(2005年)と将来(2035年)の人口増減率の散布図

〔出典:国土交通省「東京都市圏における鉄道沿線の動向と東武伊勢崎線沿線地域の予測・分析〈2005年比〉」〕 夜間人口の増減と生産年齢人口の増減率を散布図に落とし込むと、2者に密接な関係があることが見て取れます。増減率は沿線ごとに異なりますが、15歳以上65歳未満を中心に人口が減っていくことは共通しています。

〔出典:国土交通省「東京都市圏における鉄道沿線の動向と東武伊勢崎線沿線地域の予測・分析〈2005年比〉」〕
夜間人口の増減と生産年齢人口の増減率を散布図に落とし込むと、2者に密接な関係があることが見て取れます。増減率は沿線ごとに異なりますが、15歳以上65歳未満を中心に人口が減っていくことは共通しています。

さて、ここまでは「鉄道沿線」といったくくりでお話をしてきましたが、実際には「田園都市線なら絶対に大丈夫」「東武線沿線は全部ダメ」ということにはなりません。例えば、東武スカイツリー線沿線のなかでも、いろんな意味でものすごく条件の“悪い”「埼玉県春日部市」を見てみましょう。

春日部市といえば都心部から30キロ圏内の典型的なベッドタウンですが、すでに少子・高齢化、人口減少が始まっており、それらは今後さらに深刻化する見込みで、周辺自治体と比べてもかなり不利な状況にあります。そうしたことは当然春日部市も把握しており、街をコンパクト化する「立地適正化計画」の策定に乗り出しています。「立地適正化計画」とは簡単に言えば、「活かす街」と「そうでない街」を区別するということです。

立地適正化計画の概要

graf3

〔資料:国土交通省

上図の水色の部分は「居住誘導区域」といって、自治体が「人口密度を維持すると宣言する地域」です。しかし、自治体が本当に言いたいことはその逆で、「枠の外では、人口密度を維持できません」という宣言です。「居住誘導区域」の中にある赤色の部分は「都市機能誘導区域」といって、学校や病院、行政、子育てや介護系施設、商業施設などが集約されるエリアです。

人口密度の維持が図られる「居住誘導区域」であれば、全体として条件が悪い春日部市内であっても有望です。所有する空き家がこの区域の外であれば直ちに売り、区域内であれば賃貸に出すなどの空き家活用が検討できるでしょう。

春日部市の立地適正化計画はまだ策定中の段階にあり、区域の線引きは決定していませんが、現時点でも有望視できるところがあります。「春日部駅東口」です。「春日部市中心市街地まちづくり計画」によれば、かつて宿場町だった旧街道沿いの古い家をうまく利用しながら、川越のような町並みを再現したり、川沿いについて水辺開発を行うといった案が出ています。これらが実現した場合、この周辺の地価は間違いなく上がるでしょう。

同じく「立地適正化計画」に乗り出している埼玉県西部の毛呂山町では、居住誘導区域内について「地価上昇10%を目指す」としています。現在、全国およそ300の自治体でこうした線引き作業が行われており、数年のうちに決定される見込みですので注目したいところですね。

不動産の価値を決めるのは、該当エリアの居住ニーズ。全国規模で少子・高齢化、人口減少が進む今、ただ「売れば売れる」「貸し出せば借り手がつく」時代ではないのです。空き家の「売る」「貸す」を判断する際は、沿線の動向や自治体の動向を知り、エリアの人口動態をよく見極めながら検討してみてください。

長嶋修(ながしま・おさむ)

1999年、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社「さくら事務所」を設立、現会長。「第三者性を堅持した個人向け不動産コンサルタント」の第一人者。国土交通省・経済産業省などの委員を歴任し、2008年4月、ホームインスペクション(住宅診断)の普及・公認資格制度を整えるため、NPO法人日本ホームインスペクターズ協会を設立し、初代理事長に就任。『「空き家」が蝕む日本』(ポプラ新書)など。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。

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