#05 新たな不動産評価システムが空き家の活路を開く
全5回に渡ってお届けしてきた当コラム。最終回となる今回は、今後の空き家活用を考える上で知っておくべき「不動産の未来」についてお話します。
実は今、日本の不動産市場は猛烈なスピードで整備が進められています。整備の目的のひとつは、「不動産価格の透明化」。
不動産取引というものは瞬時に、しかも反復して大量の売買が行われる株式取引と違って、ひとつひとつ個別の取引になることから、価格の妥当性にはどこまでいっても“曖昧さ”がつきまといます。
その価格の決め方も、「土地がだいたいいくら」、「建物は10年でおよそ半値」、「25年程度でほぼゼロ」といったもので、最終的には査定担当者の経験とカンで査定価格を決定するといった、非常に大雑把な査定方法であるのが現状です。「不動産の価格査定って、こんなにテキトーなの!?」と、初めてこの業界に足を踏み入れた時に受けた衝撃は、今でも鮮明に覚えています。
こうした実情を改善し、不動産価格を限りなく“透明化”させるため、国は現在「不動産総合データベース」の整備を進めています。
不動産情報といえば、例えば不動産仲介事業者の不動産物件情報交換ネットワークシステム「レインズ」(REINS / Real Estate Infomation Network)がありますが、実はここに掲載されている情報は、不動産広告の物件概要に掲載されている程度のものでしかありません。
また、国土交通省では、実際に取引された不動産の価格情報をウェブサイト「土地総合情報システム」で公開していますが、その情報の出処といえば、アンケートで価格情報公開に了承したケースのみであり、数量として全く不十分です。
そこで今、国土交通省が不動産にまつわるありとあらゆる情報を集約したデータベースを整備している、というわけです。下記の図は、その新たな不動産総合データベースの全体像イメージです。
不動産に関わる情報は現在、多方面に散逸しています。都市計画情報は市区町村役場、上下水道などインフラ情報は水道局や下水道局、登記情報は法務局といった具合です。
こうしたものを一元化、さらに物件の過去の取引履歴、成約価格、住宅履歴情報、マンション管理情報、周辺のインフラの整備状況や公共施設の立地状況、周辺不動産取引価格情報など、物件そのものの情報以外に周辺エリア情報、更には災害や浸水可能性などのネガティブ情報や学区情報に至るまでが、このデータベースの中に詰め込まれる予定です。
実はこの新たな不動産総合データベースはすでにプロトタイプが完成しており、横浜市・静岡市・大阪市・福岡市で試行運用中、早ければ2018年度には全国に順次拡大されます。
ところでこの新しい不動産総合データベースが本格運用されると、具体的にどんなことが起きるのでしょうか。こうしたデータベースがすでに整備されているアメリカの例を見てみましょう。
上図は、アメリカの物件検索サイト「Zillow」の、とある物件情報ページの一部をキャプチャしたもの。この物件の相場価格は現在いくらなのか、3年前・5年前・10年前の価格はいくらだったのかということが、株価推移のように表示されています。さらにはこの物件の周辺地域の価格推移も。不動産にまつわる、ありとあらゆる情報を一定のアルゴリズムのもとに加工し、推定される現在価格をはじき出しているのです。
推定価格がついているのは販売中の物件だけではありません。居住中の家や販売していない空き家など、現存するすべての不動産の推定価格が算出されているのです!
しかし、売主も買主も、この推定価格に従って売買を行うわけではありません。前述したとおり、不動産売買価格は株価などと異なり、あくまで売主・買主双方の個別の事情・状況を色濃く反映した個別の取引だからです。それでも、こうした推定価格が示されていることによって、売主も買主も、不動産仲介エージェントも、これを標準あるいは参考としながら取引を行うことができるわけです。
日本にもすでに“不動産テック(Real Estate Tec)”の波は押し寄せており、「HOME’Sプライスマップ」(株式会社ネクスト)、「不動産価格推定エンジン」(ソニー不動産株式会社)はじめ、推定価格を表示する動きは始まっています。
しかし、現在日本で行われているこうした取り組みには限界があるのです。というのも、日本で行う価格推定の根拠となるのは主に、インターネット上に出ている物件情報をロボットでクロールしてかき集めてきたものだからです。そもそも、そうして集めてきた価格情報が大雑把であるにも関わらず、です。
先の不動産総合データベースが本格稼働すれば、こうした課題も解消されます。今のところこのデータベースを利用できるのは当初は宅建業者のみの予定ですが、国土交通省は一般消費者による利用も見据えており、民間の不動産ポータルサイトなどへの情報提供もしていく予定です。
ただし、ここに入力されていない情報がひとつだけあります。それは「建物のコンディション」です。
例えば、物件Aは今、チョロチョロと雨漏りしているかもしれません。物件Bはそろそろ屋根・外壁の修繕が必要かもしれません。このような建物のコンディションは、前回コラムでお知らせした「ホームインスペクション」(住宅診断)で補完することができます。
これにより、不動産の情報と価格は限りなく透明化し、「中古住宅はよくわからないから不安」といった状態からついに抜け出せるというわけです。
さて、こうした状況を受けて、これから空き家をどう扱おうかとお考えの方へ。
まずはこれまでお知らせしてきたことを踏まえて、立地をよくよく吟味することです。特に各自治体が提示している「浸水ハザードマップ」などは入念に確認してください。新たな不動産総合データベースにはこうしたネガティブ情報も織り込まれますから、当然そうした情報も価格に反映されることになります。
そもそも、当コラムの第3回でもお話しした立地適正化計画で真っ先に区域から外されるのは、こうした災害可能性のある区域です。浸水については、標高の高いところでも全く安心できないことに注意が必要です。
例えば東京都世田谷区の標高は30〜35メートルですが、2メートル以上浸水する可能性のある地域がたくさんあります。その原因は「ゲリラ豪雨」。都市の雨水排水能力は一般的に50〜60ミリ/時間を目安として設定されていますが、ゲリラ豪雨は100ミリ/時間を超えることもあり、排水能力が追いつかなくなると、周辺より相対的に低いところに水は流れるためです。自治体のハザードマップは必ず確認しましょう。
また、「竣工図」(設計図)、リフォーム時の図面や契約書など、不動産にまつわる情報はキチンと保管しておきましょう。こうした情報もデータベースにリンクされ、価格に反映されます。
こちらも当コラムの第3回でお話したとおり、中期的に人口増加が見込める、ないしは維持できる地域を除いて、大半の空き家は「今すぐ売り」でいいでしょう。ただし、将来使う予定があるので貸し出さないという場合は、月数千円〜1万円程度で利用できる、民間の「空き家管理サービス」の活用がおすすめです。
「賃貸に出して運用」したいといった場合には、投資対効果をよく見極めること。例えば200万円のリフォーム費をかけた場合、それを何年で回収できるのかといった見立てです。
そうしたリスクを犯したくない、あるいはプロの助けがほしいといった場合に、オーナー負担ゼロで建物を再生しつつ、一定期間活用できる「カリアゲ」といったサービスは、選択肢として非常に有用だと思います。
全国で820万戸以上、10戸に1戸以上が空き家という状況ながら、空き家であるということに対しての危機感をあまり持っていない空き家オーナーが多いのが実情です。しかし、当コラムで散々述べてきたとおり、空き家を放置していると今後は不利益を被る可能性が高くなってきます。
「使える空き家」か「使えない空き家」かの見極めは必要ですが、空き家活用を始めるなら時はまさに今!空き家をすでに持っているという方も、これから持つことになるという方も、早めに対策を講じるに越したことはありません。
当コラムが、みなさんの空き家が活きるきっかけになれば幸いです。全5回に渡りお読みくださったみなさま、どうもありがとうございました。
長嶋修(ながしま・おさむ)
1999年、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社「さくら事務所」を設立、現会長。「第三者性を堅持した個人向け不動産コンサルタント」の第一人者。国土交通省・経済産業省などの委員を歴任し、2008年4月、ホームインスペクション(住宅診断)の普及・公認資格制度を整えるため、NPO法人日本ホームインスペクターズ協会を設立し、初代理事長に就任。『「空き家」が蝕む日本』(ポプラ新書)など。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。
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