海辺の街の空き家で叶えた
三浦の自然と触れ合う小さな宿

神奈川県三浦市
『bed & breakfast ichi』
成相修さん・祐美さん

2017.04.04
「市が立つ」賑わいをイメージして命名された『ichi』の外観。もとのモルタルの外壁に木を組み合わせ素朴な雰囲気に。

「市が立つ」賑わいをイメージして命名された『ichi』の外観。もとのモルタルの外壁に木を組み合わせ素朴な雰囲気に。

三浦半島の南端にある街、神奈川県三浦市三崎。マグロの水揚げで有名な三崎漁港を有する漁師町で、美しい海と自然豊かな山に囲まれ、東京都心から気軽に訪れることができる観光地としても知られています。

そんな三崎の街にB&Bスタイルの小さな宿『bed & breakfast ichi』をつくり、自然体験ツアーの提供を始めたのは、「三浦BASE」を主宰する成相修さんと祐美さんご夫妻。築80年の空き家を借り上げ、自分たちの手で改修し、夢だった「自然と触れ合える宿」を叶えるまでのお話を伺いました。

子どものころから通い続けていた、自然豊かな三崎

成相修さんと祐美さんご夫妻は2016年10月、神奈川県三浦市にある三崎港を臨む昔ながらの商店街の一角に、『bed & breakfast ichi』(以下、ichi)をオープンしました。建物は築80年を超える木造2階建て。2〜3名で宿泊できる個室が4部屋あり、1泊に1食(朝食)が付くB&B(bed & breakfast)スタイルの小さな宿です。

『ichi』を運営する成相修さんと祐美さんご夫妻。前職は修さんが自然学校での施設管理及び運営、祐美さんは都内でOLとして働いていました。

『ichi』を運営する成相修さんと祐美さんご夫妻。前職は修さんが自然学校での施設管理及び運営、祐美さんは都内でOLとして働いていました。

『ichi』が位置する日の出通り商店街はその昔、三崎港に数多の漁船が押し寄せていたころはとても賑わっていたそうで、ところどころに大きな商家や凝った店構えをした酒場がちらほら。昔ながらの商店と地元ならではの飲食店が織りなす、ノスタルジックな風景を味わうことができる通りです。

徒歩圏内には三崎港の名物・マグロの競り見学もできる通称「みさき魚市場」があるほか、海越しに富士山や房総半島まで見渡せる城ヶ崎公園なども近く、三浦半島の魅力を堪能できるスポットに囲まれています。

『ichi』のある日の出通り商店街。三崎漁港に水揚げされた鮮魚を売りにした飲食店が点在。人気のドーナツ店もあります。

『ichi』のある日の出通り商店街。三崎漁港に水揚げされた鮮魚を売りにした飲食店が点在。人気のドーナツ店もあります。

そんなロケーションに成相さんご夫妻が『ichi』を構えたのは、修さんが前職の自然学校で携わっていた自然体験活動の仕事をもっと極めたいという思いを抱いたことがきっかけでした。

自然学校では、さまざまな自然体験活動をサポートしてきました。ただ、自然学校という場だとどうしても大人数を対象に行うため、その面白みを伝えきれない場合が多く、ジレンマを感じていました。ひとりひとりに向き合って活動をサポートするにはどうしたらいいか考えた末、自分で会社を興すことにしたんです。その拠点として、自然豊かな場所に宿をつくろうと考えました。(修さん)

入口を入るとレセプションを兼ねた「Café&Bar」が出迎えます。海を連想させる青色の漆喰を壁に塗った小上がりや古い欄間や梁が印象的。

入口を入るとレセプションを兼ねた「Café&Bar」が出迎えます。海を連想させる青色の漆喰を壁に塗った小上がりや古い欄間や梁が印象的。

修さんが夢の舞台に選んだのは三浦半島。美しい海に囲まれ、三浦富士や大楠山など山の自然にも富んだ三浦半島は、東京や横浜などの都市部からのアクセスも良く、小旅行にはうってつけの距離感です。

僕は小さい頃から海や山が好きで、そこに住む生き物も大好きだったんです。当時は埼玉県に住んでいたんですが、三浦半島の自然を求めて週末ごとに通っていました。三崎にある「小網代の森」にもよく行きました。近郊緑地保全地区に指定されている、自然の流域生態系が残っている場所です。自然環境が豊かなことはもちろん、釣りやサイクリングなどのアクティビティも楽しめる三浦半島は、僕の夢にぴったりの場所だったんです。(修さん)

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左上から時計回りに・富士山や房総半島を望むことができる城ヶ島公園。/三浦エリアには釣りや磯遊びができる岩場がたくさん。/城ヶ島灯台のほか、剱埼灯台などビュースポットが豊富。/競り見学ができる「みさき魚市場」。近くで催される三崎朝市も見もの。

古民家の趣を生かしたゲストハウスをお手本に

そうして、修さんが宿づくりに取り組み始めたのが2014年。修さんは宿づくりの参考にするために、全国のさまざまなゲストハウスやB&Bを泊まり歩いたといいます。中でも修さんがインスピレーションを受けたとのが、長野県諏訪郡にある「マスヤゲストハウス」。

古民家をリノベーションしたゲストハウスです。古い建物の味わいを生かし廃材を再利用してつくられた、温もりを感じるとても素敵な空間だったんです。そんな理想の空間と自分が経営できる規模を考えて、空き家を安く借りてリノベーションしようと考えました。(修さん)

改修前の建物外観とセルフリノベーションに参加したメンバー。建物はマグロ漁船の乗組員たちの宿泊所として使われていたそう。

改修前の建物外観とセルフリノベーションに参加したメンバー。建物はマグロ漁船の乗組員たちの宿泊所として使われていたそう。

空き家探しに要した期間は約2年。エリアは、都心部からアクセスしやすい三崎と久里浜に絞り、宿泊施設の経営が可能な第一種住居地域や第二種住居地域、近隣商業地域、商業地域にある物件を探しました。

しかし、空き家は賃貸に出されている物件ばかりではありません。修さんは民間の不動産ポータルサイトからの情報収集もしつつ、実際に街を歩いて空き家を探したといいます。そうして手を尽くして空き家探しを進める中、三浦市が主催する空き家のトライアルステイを利用していた友人からの紹介で出会ったのが、現在の『ichi』の建物のオーナーでした。

そのオーナーが持っていた空き家が、規模も家賃も改修OKという点も、僕の希望していた条件にぴったりだったんです。かつてはマグロ漁船の乗組員の宿泊所として使われていて、5年ほど前までは小説家が住んでいたそうです。雨漏りなどの大きな傷みもなく、これならいける!と思いました。(修さん)

その昔、船長さん専用の部屋だったという2階客室「komorebi」。押し入れを壊し空間を広げ、新たに小窓を設けました。

その昔、船長さん専用の部屋だったという2階客室「komorebi」。押し入れを壊し空間を広げ、新たに小窓を設けました。

ワークショップ参加者と一緒にセルフリノベーション

当初からセルフリノベーションを念頭に置いていた修さん。設計図は知り合いの建築学科の学生に依頼し、図面をもとに材料と道具を用意。解体、床貼り、壁塗りと、ほとんどの工程は、ワークショップ形式にして参加者を募ることにしました。

友人の大工さんに隔週で現場に来てもらい、一緒に手を動かしながら施工方法をレクチャーしてもらいました。その内容をもとにワークショップを実践しました。ワークショップの告知はSNSで。友人知人からの口コミもあって、50人くらいが参加してくれました。

ちょっと困ったのは、予想外に作業に時間がかかる部分があったりして、当初のスケジュール通りに現場が進みにくかったこと。そのため、ワークショップ参加者に作業してもらえる箇所がない…という事態もありました。また、オープンまでにおおよその形はできたものの、きちんと完成するまでにさらに1カ月ほど要してしまいました。(祐美さん)

左から・2階客室「sarasi」。天井仕上げは撤去し、壁は漆喰塗りに。/2段ベッドを備えた2階客室「moku」。上部にはロフトも造作。

左から・2階客室「sarasi」。天井仕上げは撤去し、壁は漆喰塗りに。/2段ベッドを備えた2階客室「moku」。上部にはロフトも造作。

そうして、たくさんの人の手助けを得て完成した『ichi』は、年月を経て味わいの出た柱、梁、建具などを生かしながら、木材や漆喰などの自然素材を加えて、素朴で温もりのある空間に仕上げられました。

1階はレセプションを兼ねた「Café&Bar」。成相さんご夫妻と宿泊客、近隣の人などがお茶やお酒を交えて交流する場に。1階に1室、2階に3室ある客室は、客室ごとに異なる内装で、古い建具や木の素材感を生かした手作り感ある空間になっています。

左・2階の押し入れを改装した共用洗面スペース。/右・2階のトイレの扉などの建具、廊下の天井はそのまま残し古さを魅力に。

左・2階の押し入れを改装した共用洗面スペース。/右・2階のトイレの扉などの建具、廊下の天井はそのまま残し古さを魅力に。

セルフリノベーションはもちろん、宿泊業に携わるのは修さんも祐美さんも初めてだったそうですが、事業計画や資金計画はどのように立てていったのでしょう?

ただ空き家を宿仕様に改修するだけでなく、宿泊業をするために必要な手続きや建物に備えなければならないものもあったりして、そういう勉強には時間を要しました。でも、規模が小さいこともあって事業計画は立てやすかったと思います。

初期費用として自己資金とローンを合わせて1000万円弱用意していましたが、空き家を安く借りられたこととセルフリノベーションにしたことで、予算内に収めることができました。(修さん)

左・引出し付きの台はリノベ前からあったもの。/右・階段脇につくった洗面スペース。左手にはシャワールームがあります。

左・引出し付きの台はリノベ前からあったもの。/右・階段脇につくった洗面スペース。左手にはシャワールームがあります。

左から時計回りに・昔の住宅で使われていた電気部材のガイシをフックに利用。/「sarasi」の床はヘリンボーン仕上げ。/スライスした角材を敷き詰めて床仕上げに。/壁は漆喰仕上げに。施工しやすいようペースト状に練ってあるタイプを利用したそう。

左から時計回りに・昔の住宅で使われていた電気部材のガイシをフックに利用。/「sarasi」の床はヘリンボーン仕上げ。/スライスした角材を敷き詰めて床仕上げに。/壁は漆喰仕上げに。施工しやすいようペースト状に練ってあるタイプを利用したそう。

自然体験ツアーでichiと三崎のファンをつくる

『ichi』のプロモーションに使ったのはFacebookとブログのみ。広告を打つなどの取り組みはしていないのですが、宿泊客は徐々に増えてきているそう。実は修さん、宿づくりに取り組んでいたこの2年のあいだに三浦半島の自然をガイドする「三浦BASE」を立ち上げ、『ichi』のオープン前から自然体験ツアーをスタートさせていたのです。

宿を始めるとお伝えしていたイベント参加者の方が、オープンを知って泊まりに来てくれるようになりました。自然体験ツアーをきっかけに三浦半島の魅力を知り、もっと三浦半島のアクティビティを楽しみたいといって来てくれるんです。

宿も自然体験ツアーも、お客様ひとりひとりとじっくりお付き合いして、ファンをつくっていくことが大切なんだなと改めて感じています。(修さん)

左上から時計回りに・『ichi』では複数の自然体験ツアーを用意しており、宿泊予約の際に申込み可能。こちらの写真は三浦富士でのハイキングツアー。/岩場を歩く潮風トレイルツアー。/三浦半島のサイクリングツアー。/地元の魚と野菜を使った『ichi』の朝食。

左上から時計回りに・『ichi』では複数の自然体験ツアーを用意しており、宿泊予約の際に申込み可能。こちらの写真は三浦富士でのハイキングツアー。/岩場を歩く潮風トレイルツアー。/三浦半島のサイクリングツアー。/地元の魚と野菜を使った『ichi』の朝食。

「三浦BASE」は、『ichi』と連携して自然体験ツアーやイベントを行っており、「半島サイクリングツアー」や「トレイルハイクツアー」、「体験フィッシング」など、三浦半島の海と山を堪能できるアクティビティを展開しています。

「空き家」というハードと「三浦半島の自然」というソフト。地域にもともとあった素材同士を掛け合わせることで、成相さんご夫妻は夢だった「自然と触れ合える宿」を叶えました。

朝食を提供するため、修さんは食品衛生管理者の資格も取得。成相さんご夫妻の穏やかな人柄も『ichi』の魅力のひとつ。

 修さんの事業立ち上げに合わせて、祐美さんは勤めていた都内の会社を退職。現在は夫婦二人三脚で『ichi』を切り盛りしています。

今は夫の仕事のサポートをしながら、近所にあるドーナツ屋さんでも働いています。近所の方は、昔からこのまちに住んでいる人たちばかりですが、私たちの挑戦を温かく見守ってくれています。(祐美さん)

現在は横須賀市に暮らしている成相さんご夫妻。住まいも三崎に移すべく、空き家を探している最中です。

日帰り旅行先として知られてきた三崎ですが、宿とセットで提案することで、日帰りでは味わい切れない魅力的なアクティビティがたくさんあることを周知していけたらと思っています。

観光地らしい娯楽施設はほとんどありませんが、それがこのエリアの魅力でもあります。都会の喧騒から離れたい時などにふらっと訪れて、気軽に自然に触れ合える場所として利用してもらいたいですね。(修さん)

bed & breakfast ichi
神奈川県三浦市三崎1-15-4
TEL 0468-87-0574
受付時間:9:00〜21:00
Mail:miurabase@gmail.com

interview_介川亜紀/photograph_中村晃/一部写真提供_三浦BASE

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