目線を変えれば悪条件も魅力に 
地域の可能性を拓くベーグル屋

神奈川県三浦市
『みやがわベーグル』
株式会社 宮川リゾート

2017.06.20
『みやがわベーグル』をつくったメンバー。横須賀や三浦などでそれぞれ事業を営む若き事業主たちです。

『みやがわベーグル』をつくったメンバー。横須賀や三浦などでそれぞれ事業を営む若き事業主たちです。

三浦半島の南端にある宮川町。人口わずか1000人ほどのこの小さな漁師町に今、変化が起きています。きっかけは、三浦産の野菜を使ったベーグルの専門店『みやがわベーグル』。週末のみオープンするこの店を目指して、都市部から人が訪れるようになったのです。漁港近くに建つ築年数不詳の空き家を使ってお店を始めたのは、三浦半島で生まれ育った30代・40代の事業主たち。地域の未来への想いが詰め込まれた小さなベーグル屋が誕生するまでのストーリーを伺いました。

空き家見学で芽生えた、地域の未来への危惧

神奈川県三浦市宮川町にある『みやがわベーグル』は、三浦産の野菜とクリームチーズを使ったベーグルを販売する専門店。マグロの水揚げ港として有名な三崎港まで車で5分という距離ですが、周辺には目立った商業施設もアクティビティもなく、普段の人通りはほとんどありません。そんなロケーションにありながら、週末のオープン日になると、100個限定のベーグルはまたたくまに完売。都市部から次々と人が訪れる人気店となっています。

『みやがわベーグル』があるのは、三浦半島の南端にある宮川湾のそば。都心からは電車で2時間半の距離です。

『みやがわベーグル』があるのは、三浦半島の南端にある宮川湾のそば。都心からは電車で2時間半の距離です。

三浦特産の野菜や食材とクリームチーズを組み合わせたオリジナルベーグルを販売しています。

三浦特産の野菜や食材とクリームチーズを組み合わせたオリジナルベーグルを販売しています。

『みやがわベーグル』を運営しているのは、この店を始めるにあたり設立された株式会社宮川リゾート。メンバーは、岩﨑聖秀さん、福井信行さん、髙梨喜裕さん、千葉拓未さん、䕃山充洋さん。横須賀や三浦に生まれ育ち、地域でそれぞれに事業を営む30代40代の事業主たちです。

僕と福井さんとでお酒を飲んでいたときに、「地域の特色を生かしたレストランが畑の中にポツンとあったら面白いよね」という話しになって。そこから「空き家を使ってできるんじゃない?」となり、とりあえず、空き家を見てみることになったんです。(岩﨑さん)

生まれも育ちも横須賀だという岩﨑聖秀さん。お父様が興した株式会社湘南衣笠ゴルフを経営しています。

生まれも育ちも横須賀だという岩﨑聖秀さん。お父様が興した株式会社湘南衣笠ゴルフを経営しています。

興味本位で始まった空き家巡りでしたが、いくつかの空き家を見てまわるうちに、岩﨑さんは地域の将来の問題に直面することになります。

かつては別荘地として賑わった横須賀や三浦ですが、所有者の高齢化や相続問題などから空き家が増加。地域外から転入してくる人は少なく、逆に都市部への転出は年々増加しており、今後も地域の高齢化と人口減少が進むことは容易に想像できます。

人口減少は地域の衰退に繋がる。地域で事業をしている身としても、活性化に積極的に取り組んでいかねばと思ったんです。(岩﨑さん)

選んだのは「一番条件が悪かった」空き家

「地域活性化の糸口になるような店をつくりたい」そんな思いを抱き始めた中、出会った空き家が、現在『みやがわベーグル』の店舗として借りている建物でした。

改装前の建物。メンバーのひとり、高梨さんがお父様から相続したものの、空き家のままになっていました。

改装前の建物。メンバーのひとり、高梨さんがお父様から相続したものの、空き家のままになっていました。

釣り具の倉庫として使われていた築年数不詳の木造平屋建てで、髙梨さんが亡くなったお父様から相続したものの、使い道がなく空き家に。岩﨑さんと一緒に物件探しをしていた福井さんは、この空き家を選んだ理由をこう話します。

僕らが見た空き家の中で、建物の状態もロケーションも一番悪かったのがこの物件でした。でも、だからここにしたんです。ここでやったことが成功したら、どんなに不利そうな建物やロケーションでも、やりようによっては成功するということを、地域の人を始め、たくさんの人たちに示せると思ったんです。(福井さん)

リノベーション会社・株式会社ルーヴィスの代表を務めている福井信行さん。横須賀にルーツを持つ横浜育ち。

リノベーション会社・株式会社ルーヴィスの代表を務めている福井信行さん。横須賀にルーツを持つ横浜育ち。

メンバーそれぞれの得意分野を活かして店づくり

そうして元釣り具倉庫だった空き家を借りることが決まると、次は店の内容づくりです。この段階で、三崎でパン屋を営む䕃山さんがメンバーに加わります。

「横須賀三浦を知るきっかけにしてもらいたい」という思いから、地元の特産品である「三浦野菜」とクリームチーズを組み合わせたベーグルを看板メニューとすることが決まりました。

三崎でパン屋「充麦」を営む䕃山充洋さん。『みやがわベーグル』で使う小麦は、????山さんが三浦で自家栽培したもの。

三崎でパン屋「充麦」を営む䕃山充洋さん。『みやがわベーグル』で使う小麦は、䕃山さんが三浦で自家栽培したもの。

三浦産の野菜は「三浦野菜」と呼ばれ、都内のレストランでの需要が年々高まっている人気ブランドなんです。でも、地元で三浦野菜を堪能できる場所はそんなに多くはありません。僕個人としても、畑で採ったものを畑のすぐそばで提供するという、一見あたりまえのことが成り立っていない今の流通と消費の在り方に違和感を感じていました。三浦野菜を地元で発信することで、三浦野菜のプロモーションに貢献できればと思いました。(䕃山さん)

メニューは、Facebookで募った協力者とともに開発。ベーグル作りや販売のスタッフもFacebookで募集しました。運営の体制づくりとともに、「みやがわベーグル」のサイトづくりも進行。これらの作業は、ソフトウェア開発やホームページ制作を行う会社を運営している千葉さんが担当。千葉さんはオープン後の店の運営管理も行っています。

外部に面した壁はポリカーボネート波板。店内の様子が外に透けて見えるつくりになっています。

外部に面した壁はポリカーボネート波板。店内の様子が外に透けて見えるつくりになっています。

小屋らしい造りと白タイル仕上げのカウンターのコントラストがユニーク。

小屋らしい造りと白タイル仕上げのカウンターのコントラストがユニーク。建築メディアにも多く取り上げられました。

建物の改装は、福井さんが代表を務める横浜のリノベーション会社・ルーヴィスが手掛けました。ボロボロだった杉板の外壁は撤去し、透明のポリカーボネートに貼り替え。外からは、剥き出しになった古い梁や白タイルのカウンターが透けて見え、否応なしに通りを行く人の目を留めます。

この個性的なファサードとスタイリッシュなベーグルの写真がSNSで注目されて、首都圏に暮らす人はもちろん海外からの旅行客にまで広がり、さまざまな方面からの集客につながりました。店のプロモーションには、広告を使っていません。ホームページやSNSでの発信のみでしたが、建物のデザインは集客の大きな鍵になりました。(千葉さん)

横須賀でソフトウェア開発やホームページ制作をする会社・株式会社ティー・エム・シーを運営している千葉拓未さん。

横須賀でソフトウェア開発やホームページ制作をする会社・株式会社ティー・エム・シーを運営している千葉拓未さん。

“三浦だからこその体験”を提供する店

首都圏から電車で2時間半。一番近い三崎口駅からも車で15分はかかります。そんなロケーションでも『みやがわベーグル』が成功した最も大きな理由は、現代の生活者の“体験”を求める気持ちだと福井さんは話します。

テイクアウトだけにしたのは、三浦野菜を使った三浦でしか買えないベーグルを、三浦の自然の中で食べてもらいたかったから。そういう体験をセットで提案したかったんです。

今の時代はあらゆる物事がインターネットで済むようになっていて、例えば服を買うことにしても、実店舗に行かずにネットショップを使って家で買えてしまいます。それでも人が街に出掛けたり、旅先で買い物をするのは、インターネット上では得られない体験が得たいからだと思うんです。(福井さん)

『みやがわベーグル』のすぐ先には宮川湾に面した宮川漁港が。車で行ける距離内に絶景ポイントが多くあります。

『みやがわベーグル』のすぐ先には宮川湾に面した宮川漁港が。車で行ける距離内に絶景ポイントが多くあります。

『みやがわベーグル』の場合、不便な立地にあることが体験の価値を高めると考えたという福井さん。三浦に来るまでのドライブ、車中での会話、海遊びや山遊び。そこに、三浦でしか食べられないベーグルがあったら。地域・立地・建物が有する条件の悪さを、『みやがわベーグル』はオリジナルの魅力に変えてみせたのです。

空き家活用を通じて横須賀三浦を盛り上げたい

『みやがわベーグル』に空き家を貸し出した大家であり、すぐ近くに暮らす髙梨さんは、店のオープン後、周辺に変化が起き始めたと話します。

夏季だけの営業のかき氷屋ができたんです。「マグロシロップ」を始め、トウモロコシやトマトなど、三浦の特産品を使ったオリジナルシロップが話題になって、結構人が来てるんですよ。まあ、始めたの、僕なんですけど(笑)。

でも実際、『みやがわベーグル』の評判を受けて、三浦野菜の農家が積極的な姿勢になって、自分たちでも何かできないかと動き始めたりと、風向きが良くなってきていることを感じます。(髙梨さん)

横須賀で髙梨公認会計士事務所を営む髙梨喜裕さん。かき氷屋「はるみせ」(髙梨商店)では、ユニークなご当地かき氷を提供。

横須賀で髙梨公認会計士事務所を営む髙梨喜裕さん。かき氷屋「はるみせ」(髙梨商店)では、ユニークなご当地かき氷を提供。

こうした地域の反響や『みやがわベーグル』を開店するまでの道のりで見えてきた地域の課題に向き合うべく、宮川リゾートは「カリアゲ横須賀三浦」を立ち上げ。カリアゲJAPANが提供する「カリアゲ」の仕組みを使い、地域の空き家を借り上げて地域再生事業やコンサルティングサービスをしていく取り組みも始めました。

今、取り組んでいるのは、三崎港近くにある元船具屋だった空き家の再生です。地域で活動している若い事業主たちの集いの場として使う予定ですが、ギャラリーやレンタルスペースとして一般に開放していくことも考えていて、地域を盛り上げるためのコミュニティが生まれるような場所にすることができたらと考えています。(岩﨑さん)

地域活性について岩﨑さんは、「行政の取り組みだけでは限界がある」とも話します。地域で働き暮らす当事者たちによる、自分たちの未来を切り拓くための挑戦。『みやがわベーグル』が起こしたこの波がどう広がっていくのか、横須賀三浦のこれからへの期待を抱かせる事例です。

「横須賀三浦にはまだまだ可能性がある」と話すメンバーたち。「カリアゲ横須賀三浦」のパートナー事業者も募集中だそう。

「横須賀三浦にはまだまだ可能性がある」と話すメンバーたち。「カリアゲ横須賀三浦」のパートナー事業者も募集中だそう。

横須賀三浦の空き家再生
カリアゲ横須賀三浦

みやがわベーグル
神奈川県三浦市宮川町11-28
京浜急行線三崎口駅より車で約10分
OPEN 土曜日・日曜日10:00~15:00(無くなり次第終了)※臨時休業の場合も有り

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 interview_佐藤可奈子/photograph_中村晃(建物)・カリアゲJAPAN(人物)

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