ありふれたまち、Mについて

田中元子(ground level / mosaki)

2018.05.07

#05 もうひとつのM

東京のM

18歳で地元のM市を飛び出して、もうすぐ四半世紀。わたしはここ10年ほど、東京都は江東区に住んでいる。最寄り駅は都営新宿線の森下。モリシタ。そう、いまもわたしは偶然にも、Mのつくまちに住んでいる。こちらのMは地元のMよりはるかに都会だけれども、元々は隅田川を使った物流を利用し、倉庫や工場が立ち並んでいた地域。だから、いわゆる住宅街や商店街といった「まち」の風景ではなく、かといって特徴的な風景もなく、そういう匿名的なところが、ありふれているところが、地元のMと共通している。そう、ここも、もうひとつの「ありふれたまち、M」なのだ。

しかし対照的なくらいに違うのは、地元のMは過疎の一途であることだ。ここ東京のMは、わたしが引っ越してきた頃から建築の規制が緩和され、またその建物で営まれてきた生業を継承できなかったところは物件を手放すなどして、いまはとにかく、次々と建て変わりが起きていて、建て変わったところは必ずと言っていいほど、マンションになっている。かくいうわたしも、そのようにして新築されたマンションの11階に、引っ越してきたのだった。それにしても、わたしを含めて、みんなどこからやってくるのか。若いファミリー、単身者、お年寄り。属性はさまざまだが、マンションは、つまり住戸群は、つまり人々は、どんどん垂直方向へと積み上がっていく。

一方で、水平方向の変わり映えのなさが、わたしには不思議で仕方ない。地上に降り立って周囲を見渡してみても、ひとの気配は10年前とほとんど変わってない、というのが一住民としての印象だ。空へと伸びゆくマンションたちを見上げて思う。どうして、ひとが見えないのだろう?こんなにも、増えているはずなのに!

ひとはどこへいった?

2016年の秋に、わたしはグランドレベルという名前の会社を立ち上げた。その名の通り、建物の1階、遊休地や公開空地といった地面を専門とした、いわゆるコンサルタント業だ。わたしは自分の住むエリアを含めて「まちのひと気」が気になっていた。いくら空へと建物が垂直に伸びていっても、ひと気に変化がないなんて、なんだか不気味にすら感じていたからだ。東京のMだってそうだ。マンションのエントランスホール、マンションのエントランスホール、その隣もマンションのエントランスホール。普段はがらんどうで、誰かが来ても一瞬で通り過ぎてしまうヴォイドが、道路に面して連立している。つまりこれでは、空洞が並んでできたまちになってしまう。

別にマンションでも何でも構わない。ただ、1階部分だけでいい。そこが、せめてもっと、ひとが滞留できる場になってくれたら。このまちに、実はいろんなひとがたくさんいることを、お互い通りすがりにでも一目、見ることができたなら。まちは、どんなにかうるおうだろう。結局どんなに上階に住んでいようと、まちと認識されている部分は、空き地やら建物やら、店舗やら住宅やら、何でもいいけれど、とにかく地面に立って見渡すことのできる範囲なんだ。まちをよくしたいなら、ひとの暮らしをよくしたいなら、1階から何とかしなければ。そんな思いを募らせて、勢い余って会社を興したのだ。

仕事なんて、ひとつもなかった。ただ、日本の、少なくともわたしが見てきたふたつのMは、1階がヤバい。マンション、オフィスビル、住宅、複合施設。街路、公園、遊休地、公開空地。きっと他の似たようなまちでも、同じことになっているに違いない。1階にわざわざ空洞を新築するようなことは、もう止めなくては。できてしまったものは、その姿も、使われ方も、リノベーションでいくらでも変えられる。1階づくりは、まちづくり。ただその意識だけでも、あまねく人々がリテラシーとして持ち合わせてくれたら。会社をつくる目的は、この願いを少しでも叶えるためだけだった。

ありまち05_c

神田にベンチを出す社会実験。事前調査した結果、対象エリアにベンチはひとつもなかった。

ちいさな屋台でコーヒーを無料でふるまう。そんな実験も、グランドレベルの方針に大きく影響した。

ちいさな屋台でコーヒーを無料でふるまう。そんな実験も、グランドレベルの方針に大きく影響した。

“シブヤパブリックサーカス”。1円のやりとりもないイベントで公開空地史上、最高の動員数となった。

“シブヤパブリックサーカス”。1円のやりとりもないイベントで公開空地史上、最高の動員数となった。

Mでの第一歩

とは言え起業は初めてだし、さてどうしたものか。最初のうちは、仕事の規模も小さいかも知れないな。いや、規模の大小を問わず、1階であれば等しく大事だ。軒先に置いた植木鉢ひとつからして、まちの風景なのだから。たとえば、ひとり暮らしのおばあちゃんがクライアントで、植木相談を受けたりするのだろうか。そんなしあわせな目論見は全く見当違いで、そもそもわたしがひとりで「1階づくりはまちづくり」と叫んだところで、そう簡単に、どこかのおばあちゃんの耳になんて届かない。

逆に、来る話の規模は予想以上に大きかった。おばあちゃんより早く、大手デベロッパーの方々がグランドレベルを見つけてくれたのだ。そしてご相談を受ける機会はいくつか出てくるものの、散々時間も知恵も、熱意も労力も注ぎ込んだところで、結局おかねを頂ける話にまでは至らないケースばかりなのだ。何度も打ち合わせして、ここまでやって、一銭にもならないんだ、ということに愕然とした。営業活動もしたことがないから、どこに行って誰に会えばいいのかもわからない。あなたの物件の1階や公開空地を、思い切ってひとの居場所へとリノベーションしましょうよ!そう話したら、なんて言われるのだろう。前例がないとか?メリットを数値化しろとか?そういう価値観との戦い方も、わからない。まずいな、どこでバイトしようかな

そんなことを考えているとき、知り合いの高橋寿太郎さんから、一通のメールが届いた。内容は、リノベーションしようとしている物件で展開する、事業についての相談だった。読み進めて、驚いた。その物件とは偶然にも、わたしの住むマンションから徒歩数分。しかしわたしは10年以上も、そのビルの存在すら知らずに暮らしていたのだった。おかねになるかどうかより先に、わたしはこの物件に関わりたい、そうすべきだと思った。お話し、伺わせてください。興奮を抑えながら、急いでそうレスポンスしたことが、そろそろ見慣れているこの東京のMで、全く予想もしなかった道を歩く第一歩になるものだとは、そのときは、まるで思いもしなかった。

東京の“M”の舞台となる物件。近所に住んでいるわたしですら存在に気づいていなかったような、ありふれたビルだ

東京の“M”の舞台となる物件。近所に住んでいるわたしですら存在に気づいていなかったような、ありふれたビルだ

田中元子(たなか・もとこ)

ground level代表。1975年茨城県生まれ。独学で建築を学ぶ。2004年mosaki共同設立。建築コミュニケーターとして、執筆、プロデュース、企画など、さまざまに活動。2010年より「けんちく体操」に参画。2014年、『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』(エクスナレッジ)を上梓。近年は「アーバンキャンプ」や「パーソナル屋台」など、ダイレクトにまちや都市、ひとに関わるプロジェクトに重点をシフトさせている。2016年より「グランドレベル」始動。(photo:kenshu shintsubo)

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