『KAMINARI』は、浅草の雷門にある昭和42年築のレトロなビル一棟をつかったシェアアトリエ&クリエイティブスペース。世の中には、ビルや空室をかっこよく改装して入居者を集めているシェアアトリエも多くありますが、『KAMINARI』を改装したのは入居者自身。倉庫兼住居として使われていた古ビルを、「改装OK」という条件を添え、現状「ソノママ」で入居者を募り、都度入居者が改装を施しながら運用されているのです。
築50年越えのビルをクリエイターに「ソノママ」貸し出す
浅草駅から徒歩3分、雷門から裏通りを1本入った場所にある『KAMINARI』。昭和42年に建てられた地上4階建てのこのビルは、浅草で日本人形材料店を営んでいるオーナーが使っていた建物で、かつては1階は倉庫、上階はお針子さんなどが住む住居として使われていましたが、近年はほぼ活用されない状態になっていました。
このビルがある通りも、かつては店がたくさんあって賑わっていたのに、今では店はみんな表通りばかりに集まって、通りから浅草らしい街の情緒が失われていくことをオーナーさんは憂いていました。そこで、空きビルになっていたこのビルを、街を盛り上げられるような場所として活用したいと相談されたんです。
そう話すのは、『KAMINARI』を企画したomusubi不動産代表の殿塚建吾さん。このビルはオーナーからomusubi不動産が借り上げて、入居者にサブリースするという形で運営しています。
若くて新しい才能を持った人たちに使ってもらいたいというのが、オーナーさんの希望でした。オーナーさんはご自身でも貸しギャラリーを持っていて、若いクリエイターを支援することに積極的な方。そうしたクリエイターの活躍を後押しする場所として生かし、さまざまなお店が通りに並び、街の暮らしが感じられた頃のように、雷門の裏通りを元気にしたいという想いから『KAMINARI』が生まれました。
omusubi不動産は千葉県松戸市に拠点を置き、改装OKな賃貸物件を多く供給している不動産屋。基本的には現状「ソノママ」の状態で、「改装OK」という条件を添えて入居者を募集しています。ここ『KAMINARI』も、傷んでいた外壁や屋上の防水工事はあらかじめオーナー負担で行ったものの、内装について大規模な改装はせず、かつての倉庫と昭和レトロな住居のままで入居者を募集。それでも入居者はすぐに集まったと言います。
入居者募集のスタート時に、現地でオープニングイベントをしたんです。『ローカルとクリエイティビティのこれから』をテーマに、地域のカルチャー創出や発信に携わるクリエイターをゲストに招いたトークを催し、内覧ツアーも行いました。イベント自体も盛況だったんですが、それを人気の不動産メディアが取り上げてくれたことで、さらに問い合わせが増えました。
「地域再生」というキーワードに興味を持ちそうなクリエイターへ向けたリアルイベントを行うことで、ターゲットにピンポイントにプロモーション。「浅草」という好ロケーションにあったことも集客の大きな要因ではあったでしょうが、「クリエイター」「地域再生」というコンセプトを持たせることで、使い手との出会いの間口が広がったのです。
「物件管理=入居者との良好な関係づくり」で改装の質もUP
そうして現在、『KAMINARI』に入居しているのは4組。“食×デザイン”をテーマにしたシェアアトリエのプロトタイプを展開しながらウェブデザイナーとしても活動する「YUIRO」、着物のレンタルと着付け・撮影も行う「スタジオランコントレ」、音楽家やプロデューサーとして活動する岸野雄一さん、空間デザインからウェブやシステム制作などを行う制作会社「アイデア家業」が入居しています。
今入居している人たちは、これまで浅草に縁がなかった人たち。「アイデア家業」のメンバーたちは地域のカルチャー起こしに興味を持っていて、そのための活動ができる場所を探していました。ここに来る前に検討していた物件では、自分たちの思い描く使い方ができるよう資料を揃えて不動産屋に交渉したけれどダメだったそうで、ここへ入居申込をする時もプレゼンで説得するんだと意気込んで来られたんですが、そもそもそういう使い方をしてもらいたいと思っていたので、こちらのウェルカムな姿勢に面食らったそうです(笑)。
1階の「ほしや」はアイデア家業が運営している複合スペース。「人々の緩やかな溜まり場」をコンセプトに、日替わりマスターでカフェ・バーを開いたり、イベントスペースとして貸し出したり、落語などの自主企画も行っています。改装はもちろん彼ら自身によるもの。他の入居者のスペースの改装のサポートもしていると言います。
不思議なもので、改装OKのシェアアトリエを企画すると、だいたいの物件に建築系のクリエイターやDIYが得意な人が入居するんです。だから入居後の改装にはほぼノータッチ。水回りの改装などで職人が必要な場合には、僕らとよく仕事をしている職人を紹介しています。
改装OKとして貸し出すことに興味を持つ物件オーナーはたくさんいるんですが、みなさんが気にするのがその後の「管理」のこと。変な改装や危険な改装をされたらどうしよう、と。omusubi不動産ではこれまでたくさんの改装OK物件を管理運営してきましたが、大体の人が壁を塗装したり、家具を作るくらい。アトリエや店をやりたい人の場合でも、そこが彼らの仕事のプレゼンテーションの場になるわけだから、しっかり空間をつくってくれる。大事なのは、入居者とオーナーをどう橋渡しするかなんです。
入居者とオーナーの良好な関係形成のため、omusubi不動産では物件の一年毎の動きをレポートにまとめてオーナーに報告。アイデア家業の山本倫広さんも、「オーナーに直に言いにくいことも、omusubi不動産を通すことで相談しやすくなったり、結果的にオーナーもこちらに友好的になってくれる利点があると思いますね」と話します。
入居者と一緒にイベントを行うこともあります。『KAMINARI』は現在、満室稼動中なので、入居者募集が目的ではありません。入居者たちがどんな人たちなのか、彼らの活動やこのビルの存在を外に発信するのが目的。それで彼らの活動が盛り上がれば入居の維持にもつながるし、成長してここを出て行くことになっても、この物件のことをより多くの人に知ってもらえるきっかけになります。イベントを行うことは、近隣の人とのつながりを生んだり、理解を得ることにもつながります。「この物件があったほうがいいよね」と地域から思ってもらえる物件にすることも、建物の再生と維持に重要なことだと思っています。
オーナーと借り手と街にも利点のある空き家活用
イベントの時だけでなく、日常的な地域とのつながりも生まれています。『KAMINARI』のすぐそばが人力車の待合場所になっていることもあり、1階「ほしや」が乗車を待つ観光客へのコーヒーのケータリングサービスを開始。イベントを行っていた取材時も近隣の方がコーヒーをテイクアウトしに来たり、人力車を引く俥夫が『KAMINARI』の入居者に声を掛けていくなど、地域に溶け込んでいる様子が伺えました。
『KAMINARI』の企画と運営を経て、「東京には、こういう物件を求めているクリエイターがまだまだたくさんいるように思います」と話す殿塚さん。海外からの観光客の増加を受け、店やホテルなどの商業施設の進出が続く浅草の街で、古い物件を活用することのポテンシャルも感じていると言います。
古い物件を賃貸活用する際に、新築物件に対抗するために費用を投資してリノベーションしなくても、改装OKにしてその分賃料を下げれば借り手が付きやすくなります。ここ『KAMINARI』も改装OKという条件で現状ソノママで貸し出す分、賃料は相場よりも安めに設定しました。そうすれば、若いクリエイターがスタートアップの場として使いやすくなる。今、浅草の街は、ピカピカした新しいものがどんどん増えていっていますが、この街らしさのある建物を生かして新しいカルチャーが沸き起こる場をつくることで、街がもっと面白くなっていったらいいなと思っています。
古い建物の活用はハード面をどうリノベーションするかよりも、どんな入居者をインストールするのか、オーナーと使い手のコミュニケーションをどうデザインするのかという、ソフト面の企画と管理が重要なのかもしれません。空き家や空室を「改装OK」で現状「ソノママ」貸し出し、管理運営はカリアゲJAPANが行うサービス『ソノママ』のモデルにもなった『KAMINARI』。オーナーにとっても借り手にとっても地域にとっても、未来への夢を広げてくれる空き家再生活用事例です。
interview_佐藤可奈子
空き家について相談したい
「実家が空き家になった」「空き家の管理に困っている」「空き家を借りてほしい」など、
空き家の処遇にお悩みの方、お気軽にご相談ください。