#07 空き家になりやすい相続トラブル③
親や相続人が病気で意思疎通がとれない
こんにちは。弁護士の大久保朝猛です。
第5回コラムからお届けしている、「空き家になりやすい相続トラブル」シリーズ。
前回までは、不動産の名義のお話を中心にご説明してきました。今回は、相続トラブルでありがちな、こちらの問題を考えていきます。
空き家になりやすい相続トラブル③
親(被相続人)や相続人が病気で意思疎通がとれない。
相続の場面で、意思疎通が取れないという状況は、とても困りものです。例えば、親が突然痴呆になってしまった!というケースを想像してみてください。
痴呆そのものの治療の問題は勿論大変ですが、お持ちの不動産の管理は勿論、預貯金や株式などの金融資産などの管理も単独ではできなくなってしまいます。勿論、遺言書を書くこともできませんから、そのまま親が亡くなってしまうと、不動産は法定相続分に従っていったん共有になってしまいます。
遺産分割協議でうまく話がまとまればいいのですが、「不動産を共有する」とトラブルが発生しやすいことは、第6回コラムでご説明したとおりです。そうなると、親が亡くなった後、その家を誰が使うのか、売るのか貸すのかが決まらず、長い間空き家のままになってしまう、ということになります。
また、親ではなくて、相続人、例えば2人兄弟で、弟が病気で意思疎通がとれなくなってしまった!というような場合も、困りものです。
このような状況で、不動産が法定相続分どおりに相続されてしまった場合、遺産分割協議をしようにも、話し合いができません。かといって、その弟を無視して勝手に遺産を処分することは勿論できません。そこで、何らかの手を打たないと、やはり親が亡くなった後長い間実家が空き家のままになってしまう、ということになってしまうのです。
では、このトラブルをどう解決すればいいのか。
《解決策1》成年後見開始申立てをする。
「成年後見制度」は、認知症や知的障害、精神障害などで意思疎通が難しくなってしまった人に対して、家庭裁判所に「成年後見人」という法定代理人を選んでもらう、という制度です。
この成年後見制度を含む「法定後見」と呼ばれる制度では、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家が成年後見人などに選任されるのが一般的です。すでに意思疎通が難しくなってしまって、回復の見込みがない親や相続人がいたとしても、成年後見人がつけられれば、その成年後見人が、ある程度本人代わりの役割を果たしてくれて、「何も話が進まない!」という深刻な事態を先に進めることができるのです。
ただ、「成年後見」と聞くと、なんだか難しそう、というイメージがあるのではないでしょうか。そういった気持ちの方のために、ポイントだけ簡単に説明していきます。
どこに申し立てる?
家庭裁判所です。「そんなところ、生まれてから一度も行ったことがないよ」という、ほとんどの方のために、裁判所の管轄区域表が裁判所のウェブサイトで公開されています。「裁判所」「管轄」でインターネット検索すると出てきます。そして、ご自身の管轄区域の家庭裁判所の名前で検索すれば、住所や電話番号が出てきます。
手続きに必要なものは?
基本的には、申立書一式と、収入印紙と、郵便切手です。中身の詳細は、各家庭裁判所の受付で聞けば、たいていの場合丁寧に教えてくれます。特に、東京家庭裁判所は、「後見サイト」というとても詳しいサイトを設けていますので、参考にしてください。ただし、申立書一式の内容、書式郵便切手の内訳などは、各家庭裁判所ごとに微妙に違うことがあります。ですから、ご自身で申立てをする場合には、必ず家庭裁判所に管轄を確認のうえ、事前に相談に行かれるようにしてください。
成年後見人が決まるまで、どのぐらい時間がかかるの?
東京家庭裁判所の場合、申立書を出した後、面接、親族への意向照会、鑑定、本人・(後見人)候補者調査などを経て、審判が下るまで概ね1か月から2か月とされています。
よくある注意点は?
例えば、「自分の父の後見人に自分がなりたい」という方がおられます。そういう場合は、「後見人候補者」の欄にその方を書いて申立てるわけですが、必ずその方が後見人になれるわけではありません。また、別の方、例えば弁護士などが家庭裁判所に任命されて後見人になったとしても、この決定に不服申立てをすることは制度上できません。さらに、いったん申立てをしてしまうと、家庭裁判所の許可がないと申立てを取り下げることもできません。
また、財産の額や種類がとても多いなど、適正な管理が特に求められる場合、後見人を監督する「後見監督人」という立場の方が家庭裁判所によって別途選任されたり、預貯金を信託銀行等に信託するよう家庭裁判所から勧められたりすることがあります。後者は断れますが、前者は断れません。また、後者を断った場合、結局後見監督人が選任される可能性があります。
《解決策2》親や相続人が元気なうちに、任意後見契約をしておく。
以上のとおり、成年後見人は、自分自身は勿論、必ずしも身内がなれるかどうかわからない制度だ、ということはわかっていただけたと思います。そこで、身内が確実に後見人になることができるようにしておくために、ひとつの制度として「任意後見契約」という制度があります。
この制度は、将来意思疎通が難しくなりそうな不安がある方が、元気なうちに「これは」と思う人との間で、自分が意思疎通できなくなったときに後見人になってもらうよう契約をしておく、というものです。
この任意後見契約は、「公証役場」で公正証書として締結する必要があります。「公正証書」とは、公証人法に基づき、法務大臣に任命された公証人が作成する文書のことで、公文書として効力を持ちます。「公正証書」の作成は国内の約300箇所に設置されている公証役場で作成することができます(※公証役場は法務局の管轄で、自治体の役場とは異なりますのでご注意ください)。お近くの公証役場については、「都道府県名」と「公証役場」でインターネット検索をすると、各地の公証役場が確認できます。
大事なことですが、公正証書を作ってゴール、ではありません。任意後見人が職務をスタートできるのは、実際に親が意思疎通に支障が生じる状態になり、任意後見人が家庭裁判所にその旨及び「任意後見監督人」の選任の申し立てをしたときです。それまでは、任意後見人は勝手に財産を処分することはできませんので、ご注意ください。
《解決策3》元気なうちに、遺言書を作っておく。
いうまでもありませんが、元気なうちに遺言書を、特に公正証書の形で作っておけば、かなりのトラブルを事前に回避することができますね。
空き家になりやすい相続トラブル「親や相続人が病気で意思疎通がとれない」場合の解決策、いかがでしたでしょうか。ぜひ参考にしていただければと思います。「空き家」になるのも「相続トラブル」も、避けるなら、親が元気なうちに一緒に弁護士に相談するなど、とにもかくにも早め早めの対策が大切だ、ということがお分かりいただけたかと思います。
次回は、引き続き「空き家になりやすい相続トラブル」シリーズをお届けする予定です。
大久保朝猛(おおくぼ・ともたけ)
青森県出身。東京大学法学部卒業。平成19年9月弁護士登録。現在は、東京・池袋のサンシャイン60に所在する「へいわ総合法律事務所」の代表弁護士を務める(東京弁護士会所属)。不動産と交通事故の事案をはじめ、一部の特殊な企業法務を除き、ほぼすべての分野の事件の弁護を手掛ける。平成21年に実父が逝去したことを機に、空き家問題に我が事として真剣に向き合うことに。以後、不動産、債権回収、遺産、相続など、弁護士ならではの切り口から空き家問題に取り組み、他の関連士業と連携しながら総合的な解決を目指している。
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