人口減、単身世帯の増加、首都圏への人口集中が予想される昨今、「郊外」「築古」「駅から距離あり」「ワンルーム」というアノニマスな賃貸物件を、どのように維持管理して未来に続く物件とするか。サブリース形式で一戸ずつDIY賃貸に再生し、入居者のDIYライフを積極的にサポートする運営体制で、入居者が新たな入居者を呼ぶ好循環を叶えたワンルーム賃貸「アパートキタノ」をご紹介します。
郊外の単身者向けワンルーム賃貸の行末
2018年時点の総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査」では、東京都の「空き家率」は10.6%、空き家数は約81万戸。その内の約60万戸が賃貸用で、7割を占めています。つまり、賃貸住宅の供給過多が起きている状況にあります。入居者獲得のための競争の激化が予想される中、賃貸物件には、その競争を勝ち抜くための価値が求められていきます。
東京都八王子市にある『アパートキタノ』は1993年築の鉄骨造3階建て、一戸が約18㎡のワンルームマンション。八王子は近辺に大学や専門学校が20以上あり、ワンルームの需要は多いエリアです。このアパートを数年前に買い取り、オーナーとなった不動産投資家のKさんは、「購入時点での入居者率は98%だった」と言います。
「でも、危機感はありました。当時管理を委託していた管理会社は、退去者が出た際の入居者獲得のソリューションが“賃料を下げる”しかなかったんです。たしかに、賃料を下げることで入居率を維持する方法はありますが、利回りも変わってきます。安かろう悪かろうというビジネスはしたくなかった。それで、どうしようかなと考えているときに参加した賃貸経営者向けのセミナーで、HandiHouse projectの加藤さんに出会ったんです」(Kさん)
合板を貼った壁と床「だけ」改装OKなDIY賃貸に
カリアゲJAPANのカリアゲパートナーでもある株式会社HandiHouse projectは、『妄想から打ち上げまで』を合言葉に掲げ、住まい手が主体的に取り組み楽しむ家づくりを提案する建築家集団。そのメンバーの一員である加藤渓一さんがKさんに提案したのは、“DIY賃貸”という形。ただし、部屋のすべてを改装OKにするのではなく、「合板を貼った床と壁一面だけを自由に改装して良い」というものでした。
既存の床の上に合板を敷き、壁は芯材を取り付けてその上に合板を貼り付け。この合板部分は入居者が棚を取り付けても色を塗ってもいい、自由にDIYできる部分で、自分の暮らしや好みに合わせてカスタマイズすることができます。合板はシナ合板、ラワン合板、ラーチ合板、OSB合板から入居者が入居時に好きに選択が可能。退去時は合板を外して新しいものに貼り替えるだけと、原状回復がしやすく、費用も少なく済む仕組みです。
「やり方は今も手探りですが、何もしないほうがリスキーだと思ったんです。やってみることでニーズが見えてくるし、ダメだったら仕切り直せば良い。この物件は駅からやや離れていますが、離れていても集客ができる仕掛けが必要だと考えたときに、DIY賃貸はチャレンジする価値があると思ったので、加藤さんの提案を採用しました」(Kさん)
DIY賃貸の場合、オーナー側が「どんな改装をされるのかわからない」という不安を覚える場合もあります。『アパートキタノ』では「改装OK箇所は合板部分のみ」と「交換が容易」という仕組みにすることでその不安を解消。また、合板は安価で手に入りやすい材料であり、原状回復の負担も少なく済みます。
「僕らHandiHouse projectではこの仕組みを『キタノ式DIY賃貸』と呼んでいて、浅草にある物件にもこの仕組みを採用しました。入居者の入れ替わりが比較的頻繁な単身者向けワンルーム賃貸にとてもフィットする仕組みではないでしょうか」(加藤さん)
「内装の設計施工」だけでなく管理運営にも関わる
カリアゲJAPANへ寄せられる空き家・空室物件のオーナーからのご相談で多いのは、「改装費用の投資ができない」または「維持管理が大変」といった声。改装の内容、貸し出す際の募集や管理運営の手間や費用も懸念点に挙がりがちです。
「特に今回はDIY賃貸ということもあって、ただ設計と施工を請け負うだけでなく、入居者のサポートを含む管理・運営にも携わっていかないと、うまくいかないのではないかという危惧がありました」(加藤さん)
そこで加藤さんは、Kさんと地元・北野の不動産屋と三者で北野家守舎合同会社という会社を立ち上げ、Kさんからアパート一棟をサブリースするという『カリアゲ』の形で借り受け、DIY賃貸化への改装工事だけでなく、改装工事費用を負担し、入居者の募集やプロモーションも行っています。
「サブリースという形にして良かったですね。通常のオーナーと管理会社の関係だと、発注者と受注者の関係になってしまって、決定権に偏りが出てきます。でも、サブリース運用という形だと、運用する側もお金を出す側になる。リスクを背負う分、自分ごととして丁寧な管理運営がしてもらえると思います」(Kさん)
「良質なDIY」を促す仕掛けとSNSによる集客
とはいえ、DIYに興味はあっても、DIYをやったことがあるという人はまだまだ少数派。そこで加藤さんは、共用部の倉庫には工具を揃え、初心者の方でもDIYに気軽にトライしやすいように環境を整備。また、入居者と運営側が参加するチャットルームも開設して入居者のDIY相談に対応しています。
今では入居者同士でDIYをサポートし合ったりしていて、入居者間のコミュニティも生まれているそうです。こうした良質なDIYを促すサポートは入居者にとってメリットになるだけでなく、オーナーにとっても安心感があります。
また、加藤さんは、初期の入居者募集のプロモーションにもひと工夫。DIYに感度が高そうな知り合いに声を掛け、DIYのための建材を提供するという条件でSNSによるDIYライフの発信を依頼。リアルで等身大なDIYライフの発信は功を奏し、DIY感度が高い入居者の集客につながりました。
DIYを通じて生まれる入居者の物件への愛着
では、実際にどんな入居者がどんなDIYを行って住んでいるのか、見てみましょう。
こちらの部屋に住む川尻さんは、建築系の学科に通う大学生。以前はもっと大学に近いアパートで一人暮らしをしていたそうですが、「DIYができる部屋に住んでみたい」と、大学から距離が遠くなるものの、『アパートキタノ』への入居を決断しました。
「前の賃貸でも剥がせる壁紙を貼ったり工夫してDIYをしていたんですが、そこは改装不可な普通の賃貸だったので、もっと本格的にやってみたくて。アパートキタノにはシェアカーがあるので、2×4材のような長物も買いやすくて助かりました」(川尻さん)
古びたモルタル壁のような壁は、既存のクロス壁に剥がせる壁紙を貼ったそう。本来DIY不可な部分ですが、剥がせる壁紙なのでOK。DIY不可部分になにか手を加えたくなった場合も、都度、運営の加藤さんが相談に応じています。
「キッチンの上になるべく何もものを置きたくなくて。Hクッキングヒーターは下にしまって、棚板に珪藻土を塗り込んだキャスター付きの収納棚を作りました。洗った食器をそのままここに置くだけで済むんですよ」
キッチンはDIY賃貸化する際に新しいものに入れ替えています。それは、「DIYしないで住んでも成立するデザイン性と機能がある部屋にしたかったから」と加藤さん。シンクと水栓のみのタイプですが、調理をしたり、その他の作業にも使えると入居者からは好評です。
続いて紹介するこちらのお部屋の住人は、初めての一人暮らしだという大学院生の野尻さん。ネットオークションで買い集めたというヴィンテージの家具や、DIYした棚や机が置かれています。
「以前、アパートキタノに暮らしていた人が知り合いで、紹介されました。この部屋はすでにシナ合板が貼ってあったんですが、それが気に入ったのでそのまま住んでいます」
DIYした棚は、加藤さんが持ってきた端材や廃材で製作しました。加藤さんは、HandiHouse projectの現場で余った材などを『アパートキタノ』に持ってきて、自由に使って良い素材として住人に提供しています。
「いろいろ作ってみたいけど、材料を買うにもお金がかかります。アパートに材料が置いてあると、何か作ってみようという気になれますね」(野尻さん)
合板ではない側の壁は、前住人が加藤さんの許可を得た上で珪藻土仕上げ。『アパートキタノ』をDIY賃貸化してから丸2年が経過し、すでに何部屋かの入居者が入れ替わりましたが、野尻さんのように合板を貼り替えずに住み始める入居者も多いのだそう。
「基本的に、入居時に合板の種類を選んでもらって貼り替えるルールなんですが、前入居者のDIYを引き継いでこのまま住みたいと仰ってくださるんですよね。入居者の方が、部屋の価値を上げてくれている。“古くて改装費用がかけられないからDIY賃貸”ではなくて、“不動産の価値を上げるDIY賃貸”のスタイルが証明できたのかなと感じています」(加藤さん)
最後にご紹介する西田さんは、建築デザイン系の会社に勤める会社員。以前はシェアハウスに住んでおり、引越し先を探している時、Twitterで『アパートキタノ』を知ったそう。
「ヘイムスペイントという塗料のモニターとして、それを塗るDIYサポート付きで入居者を募集しているのをみたんです。それに興味を引かれて入居しました。この壁はもともとはラワン合板だったところに、『リアルコッパー』という銅色のペイントを塗りました」(西田さん)
あまり物を持たない生活をしているという西田さん。壁側に置かれた棚は、加藤さんが提供した端材の板を使って作ったそう。板材をコラージュするように組み合わせて作った飾り棚も西田さんの作です。
「やっぱり、自分で部屋をいじれるということを魅力に感じました。家具や物はあまり持たない生活をしているのですが、新型コロナウイルスの影響でリモートワークになって家にデスクが必要になり、共用部にあった板材でデスクを作ってそこで仕事をしています」(西田さん)
今回ご紹介したのは建築系の学生さんや社会人の入居者ですが、ほかにも美術家の方やプロのミュージシャン、一般的な会社員の方など、「思っていたよりバリエーションが豊かな入居者さんになっている」と加藤さんは言います。
オーナー・管理運営・入居者のチームワークで価値を高める
DIY賃貸化した部屋は、以前の賃料に比べて約2割アップ。部屋の向きや位置に応じて賃料を変えているそうです。築年数という比較要素を除けば、近隣相場と同等の賃料で回っています。SNSでアパートキタノを知った上でホームページから入居申し込みが来るパターンが多いそう。
「今は、大手不動産ポータルサイトに物件を掲載するだけでは集客できない時代になりました。今回、ホームページも作りましたが、それだけでは集客できません。そこへのチャンネルを入居者さんがつくってくれるという、SNSでのプロモーションはよかったですね。個人と個人のプライベートなやりとりの中で、アパートキタノの認知が広がっていく。“引っ越したいから物件を探して見つけた”ではなく、“アパートキタノに住みたいから引っ越した”という人が来てくれているのは、うれしいですよね」(Kさん)
管理運営会社と、入居者さん、そしてオーナーとの間に、物件を楽しみ、その価値を上げよう広めようというチームワークが生まれている『アパートキタノ』。「まさに共同住宅ですよね」とKさんは話します。これからの時代を生き抜く賃貸住宅経営には、ただ維持管理を行う「サポーター」ではなく、オーナーと同じ目線で物件に向き合ってくれる「パートナー」が必要なのかもしれません。
首都圏の空き家再生「カリアゲ首都圏」
カリアゲパートナー:HandiHouse project
アパートキタノ
interview_佐藤可奈子
空き家について相談したい
「実家が空き家になった」「空き家の管理に困っている」「空き家を借りてほしい」など、
空き家の処遇にお悩みの方、お気軽にご相談ください。