僕らは空き家に夢を見る

林厚見(東京R不動産 / R不動産toolboxディレクター)

2016.08.15

僕は空き家が好きだ。別にそれは自分が不動産屋をやっているから商売のタネとして飛びつくということではもちろんない。不謹慎かもしれないけど、「空き家」という響き、あるいは絶望感すら漂うような空き家の姿に、言いようのない好奇心をそそられるのは事実なのだ。

「空き家」は妄想の始まりだ。ただ家賃を下げたり、設備や内装をちょっといじることで入居者が決まりそうなフツーの「空室物件」は、解決の対象であっても妄想の対象ではない。これは一体どうしたらいいのか…と途方にくれるような物件にこそ心が動かされ、想像と創造のスイッチが入るものなのだ。

僕らの運営する「東京R不動産」というサイトは、使われていない古ビルを見つけては、その味わいを愛で、その可能性についての妄想を語るということを発信することから始まった。最初の頃に紹介していた物件は、いつ取り壊されても全く不思議でないようなボロビルばかりだったけれど、そんな情報に驚くほど多くのクリエーターたちが集まってきた。彼らはそんな空間たちに”化ける”可能性を感じ、そこに新しい発想とコンテンツが入っていくことで空間の意味が変わり、街さえも変えていく力になることを感じ取っていたのである。

当時の僕らは、欧米のロフトカルチャー(古い倉庫を改装してアトリエや住居にする等の文化)やスクワッターの活動(空きビルや廃墟を占拠して創造や表現の拠点にしたりする行為)に興味を持ち、「面白いこと」と「空きスペース」が当然に結びつくものだということを認識し、日本でもこれからそんなことが起こっていくのだとわくわくしたのだった。いつの時代も、ある種の人々にとって、空き家はポジティブな可能性を意味するものなのである。

何を呑気なことを…。そう言いたい人の気持ちは知らないわけではない。大きな借金をして建てたアパートに入居者が入らず嘆く不動産オーナー、維持するにもお金や手間がかかる家を引き継いだ人、危険をはらむ空き家への対処に悩む行政の方々、不良債権化する担保物件の行方に気を揉む銀行の担当者……。みんなにとって空き家は明らかに「問題」である。

問題は解決しないといけない。動けることは早く動く、というのは当然である。昔のようにに「楽して稼ぎたい」的な幻想を捨てて、ある程度のハラを括ることは当然。そして物件に隠れた潜在的な可能性を見出せるプロに頼ってみることは意味があるだろう。想像もしなかった素敵なストーリーが始まることは、しばしばあるものだ。しかし残念ながら、常にどの物件にもマジックが効くわけではない。都合のいい着地ができず、けっこうツラい判断をする必要に迫られることもある。

そもそも冷静に考えてみれば、我々は今、社会の「モード」が変わる局面に立ち会っている。それは、僕ら自身がモードを切り替えなければいけないということを意味している。悲観的に分析するのはやめて、問題を抱える人それぞれが、物件の考え方だけでなく、生活や人生のモードまで含めて、問題を問題と思わない構造やマインドセットにシフトしてしまうことだ。そのためのヒントを持ってくるのは、往々にして能天気で創造的な「変わりもの」たちだ。シリアスな空き家問題を抱える人たちもみな、そんな能天気な「変わりもの」にまずはなってみるのがいい。

例えば、そもそも空き家が増えるということは、一人あたりの空間が増えることである。日本はそもそも、収納の場所に困っている人は多いし、別荘も趣味の場所も持てない人がほとんどだったりする。そんな状況を踏まえたあなたならではの事業計画を三つ、つくってみよう。たまに雨に濡れる可能性があるけど格安な物置きサービスでも、子どもたちが家中に絵を自由に描いていい遊び場ビジネスでも、なんでもいい。きっと何かが変わり始めるだろう。

既にモードは変わり始め、新しい「空き家エンターテイメント」が始まっている。いま若者たちは、内装の解体が楽しいと言い始めている。廃墟が好きな女性も結構いる。時間とともに人間の考えや価値観なんて、案外変わっていくものだ。新しい価値観を持った人々は、田舎の「素敵な空き家」を血眼で探している。あなたの空き家も、しばらくの間、楽しき変人に預けてみるのもいいかもしれない。

ちなみに僕が時々訪れる新島という島にはたくさんの空き家があって、その中にはもう実際に半分崩れているような家も結構あるけれど、それにみんないちいち大騒ぎしたりはしない。そこには味わいのある石や廃材があったりもして、宝の山に見えたりもする。僕は新島で10年近く空き家になっていた元民宿の建物を見つけて宿にしたのだが、そこには都心から多くの人が集まるようになった。今は別の空き家を借りて、都心で働く仲間たちとシェアし、時々訪れては遊びや仕事の場所として活用している。職人になりたい人たちの職業訓練に空き家を使い、その維持保存や技術伝承を兼ねれば一石三鳥ではないか?という提言をしたりしている。

モノで経済を生むことに限界が見えてきた今だけれど、物理的にモノをつくらなくても経済を回すことはできる。この数十年でつくられた情報産業はそういうものだったし、これから広がる経済の本質は、広い意味でのエンターテイメントだろう。僕らは「空き家」たちを、ただ住むための機械、貸すための資産として見るのでなく、それを題材にエンターテイメントを発明していく時代なのだ。

具体的な作戦が思い浮かばなければ、とりあえずまずは空き家に入って、頭の中で妄想でも描いてみたらいいかもしれない。昨日までとは違う、意外な面白さを感じるようなことがあれば前進。変身の始まりである。そしてそのことを人に話しているうちに、誰かがその場所を欲しがり始めるかもしれない。

林厚見(はやし・あつみ)

株式会社スピーク共同代表 / 「東京R不動産」「R不動産toolbox」ディレクター。1971年東京生まれ。東京大学工学部建築学科、コロンビア大学不動産開発科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、株式会社スペースデザイン取締役を経て2004年より現職。建築・デザイン、事業企画推進・ファイナンスなどのバックグラウンドを統合し、プロジェクトや新規事業のプロデュースを行う。

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